受付が話を聞き、カウンセラーが詰め、医師は最後に数分だけ顔を出す——美容医療では珍しくないその体制を、中山暁医師は最初から選ばなかった。見立てから施術まで、すべて自分の目と手を通す。手間としては、どう考えても非効率だ。それでも譲らないのは、そこにしか小規模でやる意味がないと考えているからだった。東京・三軒茶屋の小さな美容皮膚科が積み上げてきた満足度は、やがて口コミという形をとり、掲載媒体に頼らない集客へと姿を変えていく。
「ナチュラルで改善」という、自分で決めた基準
三軒茶屋は、三宿が近い。落ち着いた雰囲気の大人の女性が多く暮らす街で、その方たちが求めるものには、はっきりとした共通項があるという。
本当にナチュラルに、自然にきれいになりたい。周りに気づかれずにいたい、という方が多いですね。
手を加えた感じがないのに、洗練されている。その一点を望む人たちが、発信に呼応するように集まってくる。クリニックの色と患者層は、静かに循環している。
では、その「ナチュラル」を、医師の側はどう捉えているのか。中山医師の答えは、好みの表明ではなく、明確に言語化された基準だった。メスは使わない。注入と機械の掛け合わせで組み立てる。そのうえで、めざす状態を一つに定めている。
引き上げること自体を目的にするのではなく、皮膚そのものにハリが戻っている状態。そこを、いちばんの基準にしています。
像は具体的だ。イメージは、風船。しぼんだ状態から空気を入れると、表面がパツンと張って、ガワにハリが出る。ヒアルロン酸で土台にボリュームをつくるのも、溝を内側から押し上げるためではない。皮膚そのものにハリが出て突っ張ることで、ほうれい線やマリオネットラインの原因になっている膨らみが引っ込み、結果として目立たなくなる。ただし、それだけでは完成しない。土台にボリュームが出ても、表面の皮膚が柔らかいままでは、狙ったハリは現れない。だから高周波を合わせて表面を引き締める。ヒアルロン酸で最初の変化をはっきり出し、繰り返しで顔が大きくならないよう熱でタイトニングを入れ、コラーゲンや水分量を戻す肌育の製剤で、維持と改善を続けていく。それでもうひと回り上げたいときに、初めて糸リフトを提案する。順番が決まっているのは、ゴールの像が先に決まっているからだ。
ボリュームを上に戻すだけでなく、顔の表面の段差や、余っている感じをなくしていく。そのほうが、若々しさははっきり出せます。
彼はそれを「ナチュラルで改善」と、自分の言葉で定義している。そしてこの定義は、頭の中に置いておくものではない。カウンセリングの場で一人ひとりに提示し、すり合わせるためのものだ。
100点を、目指さない
カウンセリングは、長い。長くなる理由は、丁寧さへのこだわりというより、目的の置き方にある。
満足度を、とにかく高くしたい。そのために、一般的に言われる100%の状態を目指す必要は、まったくないと考えています。
教科書的な正解に近づけることと、その人が満足することは、必ずしも一致しない。だから合わせにいくのは、正解ではなく方向だ。温度感とニュアンスを重ね、お互いが腹落ちした状態をつくってから施術に入る。
その結果、クリニックがナチュラルを掲げていても、患者さんが「しっかり変えたい」と望むなら、その方向で組み立てる。たるみの治療より小顔の治療を、という希望も同じだ。方針は掲げるが、押しつけはしない。
一方で、迎合もしない。
注入や機械の治療では届かないご希望もあります。ご予算の面も含めて難しいと判断したときは、そのままお伝えします。そのうえで、納得いただける方法を一緒に決めていきます。
寄り添って、提案して、すり合わせる。合わないときは、合わないと言う。長いカウンセリングは、優しさではなく設計だ。
ニュアンスは、渡せない
受付が話を聞き、カウンセラーが時間をかけ、医師の診察は数分。大手を中心に一般的な体制だが、中山医師はそこに構造的な無理を見ている。
受付を介してドクターが入ると、どうしても伝言ゲームになってしまう。そう考えています。
たとえば「目尻のシワが気になります」。その一言が指しているのは、目尻の際なのか、外側に伸びていく線なのか、小ジワなのか。「頬がこけて気になります」も、指す場所は人によって違う。ほうれい線が気になる、と言われても、その言葉は凹み、たるみ、脂肪、笑いジワなど複数の悩みを指すことがあり、原因もそれぞれ違う。同じ言葉でも、中身は同じではない。
やっかいなのは、患者さんご自身にも、まだ像が結ばれていないことが少なくない点だ。だからこそ、聞き取りと施術を切り離さない。見立てた人間が、そのまま手を動かす。中山医師自身、他の医師に施術してもらうのが苦手だという。伝えたつもりの微差が、どうしても伝わりきらないからだ。
そのすり合わせの単位は、ミリより細かい。
ヒアルロン酸を両側に1〜2cc入れるときだけで、鏡を20回くらいはお見せしているんですよ。
ボリュームが出て、肌が突っ張ってくる。その感覚を言葉にし、鏡を見せ、反応を確かめる。分からなければ、それでもいい。ただ、反応は明らかに違う。0.1ccで十分に満足される方もいれば、0.5cc入れてもまだ足りないという方もいる。単位の話になったとき、彼は自分の言葉を訂正した。1〜2ミリでは、大きすぎる、と。
0.1ミリの世界です。左右で1ミリ違うだけでも、はっきり感じますから。
肌の段差感、よれている感じ。差は0.5ミリか0.6ミリ程度。それでも、そこが揃うと印象はまるで変わる。その世界を、一人で抱え込まずに患者さんと共有しながら進めていく。
僕が30分カウンセリングをしても、それでもすり合わない。そこを追求しないと、この規模でやっている意味がないと考えています。
分業を採らないのは、こだわりの表明ではない。小さくやることの、唯一の合理性だ。
値段以上を、必ず出す
満足の中身は、仕上がりだけではない、と中山医師は考えている。
美容医療は、なくてはならないものではありません。施術そのものだけで感動していただける時代は、もう終わったと考えています。
同じ仕上がりでも、無言で入って無言で送り出されるのと、リスクを説明され、自分の状態に合わせた仕上げ方を伝えられるのとでは、体験としての価値が違う。だから施術中もずっと話している。「めちゃめちゃ疲れるんですけど」と笑いながら。
そのうえで、守っているルールがある。
値段以上の価値を、基本的には絶対に出す。
自分は外科をやっていない。それでも、外科的な選択肢があるならそれを伝える。今後こういう治療がいいと思う、とも言う。直接的に自院に繋がらなくても構わない。出せるものは、情報と、経験値と、自分の考え。それを惜しまずに渡す。
最後の見送りも、意識的だ。
行動経済学的に、いちばん最後の印象が大きい。終わったあとに顔を見て、変化を一緒に喜び、帰り際は、見えなくなるまで頭を下げます。
当たり前のことなんですけど、と彼は付け加えた。その当たり前を、最後の一歩まで抜かない。
「自販機に、ならないでください」
スタッフは4人。看護師3名と、カウンセラーを兼ねる受付1名という体制だ。求める水準は、高い。
僕と同じレベルで診断・カウンセリングができるようになってほしい。それは、ずっと伝え続けています。
だから、スタッフに結論だけを渡さない。こういう理屈で、こうだから、これがいいと思う——その筋道を全部共有する。知識を求めすぎて、最初の頃は辞めていった人もいた。いま残っているのは、その基準を共有できる人だけだ。
そしてもう一つ、繰り返し伝えていることがある。
最終的に選んでいただくときに、絶対に自販機にならないでください、と。自分を出していいから、ファンになってもらってください、って。
AIが出てきた時代だからこそ、個人と人間性が効いてくる、というのが彼の見立てだ。そしてそれは、数を回すモデルとは正面から逆を向く。大手が数で回していることと、真逆を進んでいる自覚はある。それでも、そこをやらなければこのクリニックである意味がない——判断の順番は、いつもそこに戻る。
分からないまま、任せない
経営の軸を尋ねると、少し考えてから、こう言った。
自分がよく分かっていない状態で、他人に委譲しない。それを、自分の中の原則にしています。
過去に、知らない分野を人に任せて痛い目を見た記憶がある。だから開業にあたっては、ホームページ制作もInstagramの集客も、内装も工事も、一通り自分で分かるところまで踏み込んだ。そのうえで、お願いする。最初から全部は任せない。
時代も味方した。AIが本格的に普及したタイミングと重なり、クリニックの制作物はほぼ内製化している。おかげで経費を大きく削減でき、その分は価格に返ってきた。サービスの割に安い、と患者さんから言われることもある。その理由を、彼は身も蓋もない言い方で説明した。
僕、時給0円なので。もういくらでも使って大丈夫なんです。
院名の由来も、この「自分でやる」の延長線上にある。「暁」という名前から、当初は「サンクリニック」にするつもりだった。ところがウェブサイトも自作していた開業準備の最中、同名のクリニックが銀座にでき、ドメインが取れなかった。時間もない。それらしい響きで、サンメリアにした——太陽の、明るいイメージ。美容医療は明るくなる、楽しくなる、プラスのものだから。結果的に、名前は理念に追いついた。
媒体依存を抜けた、一つの投稿
開業は4月。夏の終わり頃まで、集客はレビュー掲載媒体に依存していた。その間にやっていたのは、ひたすら口コミを積み上げることだけだ。ただし、その口コミには謝礼も割引もつけていない。
書いてくれたら何割オフ、といったことはやっていません。だからか、内容が「ステマっぽくない」とよく言われます。
転機は、一人の患者さんから来た。インフルエンサーではない。フォロワー100人ほどの、ごく普通の利用者だった。Xでクリニックのことを投稿し、その翌日に来院して、昨日の投稿がずいぶん広がってしまった、と話したという。写真は、正直に言えば画質も良くない。自分が広告として出すなら選ばない類のものだ。それでも、案件ではない一般の人の「良くなった」という声だからこそ、広がった。
そこから、掲載媒体経由ではない患者さんが流れ込んできた。彼はそれを、幸運とは呼ばなかった。
すぐには売上にならない方にも、ひたすら与え続けてきたことが報われた。しんどい時期もありましたが、続けてきて良かったと思えました。
美容皮膚科という市場の景色も、彼の目にはよく見えている。一度は自分も、数を回すやり方でいこうと考えたことがあった。だが、現場スタッフの士気が落ち、いい医師も雇えず、定着もしない——その帰結が、想像できてしまった。だから選んだのは、逆の方向だ。数を追わないぶん、一人にかけられる時間が増える。満足度も、働く環境も、その分だけ良くなる。そして何より、ちゃんとやってくれるクリニックを探している患者さんが、確かにいる。
手間のかかるやり方であることは、本人がいちばん分かっている。それでも、そこを引き受けなければ、この規模でやる意味がない——取材のあいだ、彼の答えはいつも、その一点に戻ってきた。
ニュアンスは、渡せない。だから、渡さない。伝言ゲームをやめ、0.1ミリを一緒に見る——その手間を引き受けたクリニックが、いま選ばれている。