銀座の一角、通りの喧騒から一枚扉を隔てた場所に、そのクリニックはある。院長の岩田勇児先生は、美容の世界では少し異色の歩みを持つ。整形外科の医師として救急の現場に立ち、重い外傷の再建に携わってきた人だ。「美容を、医療として昇華する」——そう掲げる岩田先生に、選ばれ続けるクリニックのかたちを聞いた。
患者さんは、来院する前に、もう答えを出しているんです。
「来る前」に、もう選ばれている
今の美容クリニックは、と岩田先生は切り出す。これだけクリニックがあるなかで、患者さんはたいてい「ここにしよう」と決めてから足を運ぶ。だとすれば、勝負のほとんどは、来院の前についている。先生は、そう考えている。
来てくださった時点で、僕という人間に対しては、もうひとつハードルを越えてくれている。だからその先は、その方が思い描いてきた僕の像を、裏切らないこと。
大きなクリニックを選ぶ患者さんは、まずその看板に惹かれて訪れる。だから担当医は、その場で自分の魅力を伝え、あらためて自分を選んでもらう必要がある。一方、個人クリニックは仕組みが違う、と岩田先生は言う。先生自身の発信を見て、共感して訪れる。入口の時点で、関係はすでに半分できあがっている。だから、来院前に描いていた像と、実際に会った印象とが、そもそも食い違いにくい。
期待を、裏切らないということ
だからこそ先生が徹底するのは、期待を下回らないことだ。
その日の売り上げよりも、長く良い評価で続いていくこと。押すべきでないときに押さないほうが、ずっと大事だと思うんです。
他院での経験を抱えて、あるいは見直しを望んで訪れる患者さんも少なくない。医療に対して身構えた状態から始まることも多い。だから先生は、相手の様子をよく見る。今日は踏み込むべきか、待つべきか。無理に勧めることは、しない。一時間じっくり話して、その日は施術をせずに終える日もある。それでも構わない、と言う。
相談の時間そのものに、きちんと価値を置く。そのために、診察費をいただく形にした。時間を、ただ乗りにも、ただ働きにもしないための線引きでもある。押し込むように勧めれば、その日の数字は上がるかもしれない。けれど、長く選ばれ続けることとは、むしろ逆を向いている——先生の判断は、一貫している。
※施術を行う場合は診察費無料
怖さを知っている、という専門性
救急の現場で培ってきたものは、造形のセンスではない、と先生ははっきり言う。仕上がりの美しさは、どちらかといえば生まれ持った感覚に近い。むしろ、いま生きているのは、医療そのものだという。
僕らは人体で、怖い思いをたくさんしてきた。だから、注入の一本にも、次の瞬間に何が起こるかわからないという緊張感を持って向き合える。
簡単に見える処置ほど、想定外は起こりうる。経験の浅い術者には、その「起こりうる」が、なかなか想像しにくい。先生が大切にするのは、何かが起きたときに、どう立て直すかを、常に思い描いておくこと。知識と、手先の技術と、解剖への理解——その掛け算だと言う。百人のうち九十九人は、手先が確かなら満足していただける。差が出るのは、残るひとり、通常では考えにくい落とし穴に入ったときだ。そのとき、ほかの引き出しを持っているかどうかが効いてくる。
そして、倫理。たとえば、まだ十代の方が、後戻りのできない施術を強く望んで来られることがある。ご本人の「美しくなりたい」に寄り添うのが理念でも、それ以上に、将来その方が後悔しないことのほうが大切だと先生は考える。
今、嫌われてもいい。その方が、将来つらい思いをしないほうが、ずっといいんです。
美容を、医療として
「TRUE」という名前には、岩田先生の来歴が、そのまま畳み込まれている。一般診療から美容へ、そして組織を経て独立へ——その道のりでずっと感じてきたのは、正しいことをしようとすると、なぜか高いハードルがある、という違和感だった。意味のない施術を止めようとすれば、売上のためにと引き止められる。誤った情報を握って来られた患者さんを、まず正すところから始めなければならないこともある。
先生が美容医療に求めていたのは、誠実さであり、真実だった。それを一語で表せる言葉として、「TRUE」を選んだ。ありふれた「◯◯クリニック」にはしたくなくて、あえて「クリニック」という語を外した。名前そのものが、姿勢の宣言になっている。
壊れたところを、これ以上ないというところから直してきた。正常なものを、より美しくしていくのは、その土台の上の仕事なんです。
マイナスをゼロに戻す技術があるからこそ、ゼロからプラスを積み上げられる。美容を「医療として昇華する」とは、先生にとって、そういうことだ。
正しいことを、言い続ける
情報があふれる時代に、発信で心がけていることは何か。答えは、短い。間違ったことを言わない。誇張しない。
わかりやすさや刺激を競う流れには、乗らないと決めています。
派手には伸びない。それでいい、と岩田先生は言う。むしろ、先生の発信に共感して訪れる人は、良いものを見極めようとする人が多い。哲学の近い患者さんが、自然と集まる。だから、来院の前と後で食い違いが起きにくい。大きく拡散しないことは、このクリニックにとっては、案外いいことなのかもしれない、と先生は静かに笑う。
間口を広げれば、そのぶん言葉の通じにくい相手も増えていく。先生がかつて大きな組織を離れたのも、もっと哲学の通じる人と、ちゃんと会話がしたかったからだ。だからこそ、発信では背伸びをしない。
医者が、正しいことを言うのをやめたら、終わりだと思っています。
正しさを押し付けと感じる人とは、そもそも哲学が合わない。だから、無理に振り向いてもらおうとはしない。合う人に、まっすぐ届けばいい。先生の発信は、その割り切りの上に立っている。
予約の時間を、守る
運営で徹底しているのは、驚くほどシンプルなことだ。ひとり一枠、しっかり時間を取る。予約の時間は、患者さんが自分の時間を割いて確保してくれたもの。ならば、その時間にご案内するのが当たり前だ、と先生は言う。
予約の時間を守る。ただ、それだけのことなんです。
やむなく待たせてしまうときは、いつも以上に丁寧にやる。急いで雑になるくらいなら、いつものクオリティで出したい。長く待たされた末に「急いで作りました」と言われても、うれしくないでしょう——先生は、レストランにたとえてそう話す。この感覚を、スタッフ全員が共有している。予約とは何か。その問いに全員が同じ答えを持てているかどうか。そこに、クリニックの佇まいが表れる。
哲学が、そのままクリニックになる
大手には大手の良さがある、と岩田先生は率直に言う。安定した品質、行き届いた教育。場所を選べば、それは確かな選択肢だ。では、個人クリニックの強みは、どこにあるのか。返ってきた答えは、迷いがなかった。
院長の哲学が、そのままクリニックになる。哲学の合う患者さんとハマったとき、これほど強いものはない。
広く開かれた場所と、それを知る人が訪れる場所。どちらが良い悪いではなく、性格が違う。ちょうど、誰もが入れる店と、それを求める人だけが訪れる店の違いのように。だから最後は、患者さん自身がどちらを選びたいか、に尽きる。選ばれ続けるために欠かせないものは何かと問うと、先生は二つを挙げた。クオリティと、哲学。その二つが重なったところに、この銀座のクリニックは立っている。
規模でも、価格でもない。岩田先生の言葉をたどると、「選ばれるクリニックの条件」は、来院のずっと手前から始まっていることが見えてくる。発信で示した姿勢に共感した人が訪れ、その期待を、診療で裏切らない。医療という確かな土台の上に、美しさを積み上げる。その一貫性こそが、TRUE.ginza の輪郭を、静かに際立たせている。