横浜駅からほど近い場所に、ROOTS Clinic はある。まもなく3年目を迎えるこのクリニックの院長・郭天元先生は、話しはじめてすぐに気づかされるほど、思考が整理されている。判断に迷いがない。その理由を辿っていくと、たった一つの軸に行き着いた。「患者さんの満足度」。それ以外の物差しを、この人は持っていない。
「ルーツ」という問いから始まった
郭先生のキャリアは、美容医療から始まったわけではない。もともとは産婦人科医だった。中国で医師免許と学位を取得し、産婦人科の現場に3年間立った。その後、日本で改めて医師免許を取得したことで、専門を選び直せる立場になった。
そこで選んだのが、美容医療だった。ただし、その選択は、よくある「美容医療にはまっている」「美容によって人生が変わった」などという感覚的なものではない。
「まず、手術が好きだということ。それから、対面でお話しすることも好きだということ。そして産婦人科でしたから、女性の診察に長く携わってきた経験があった。そう考えていくと、美容医療は自分にとってものすごく自然な流れだったんです」
好きだから選んだ、というありきたりの言葉ではなく、自分に何が向いているのかという分析から入った。自分にとって客観的に適することで成功体験を積み重ねられれば、やがてそれは好きに変わっていく。自分の過去の背景から、その自信が美容医療にはあったという。
誰かの「ルーツ」になれたら
クリニックの名を「ROOTS」としたのには、先生自身の来歴が深く関わっている。生まれは中国、育ちは日本。自分のアイデンティティについて考える機会が、人よりも多い環境で育ってきた。
「そもそも自分を形成するものって何なんだろう、と向き合ってきた経験が積み重なって、今があるんです。自分は何を目指していたんだっけ、自分ってどういう人だっけ、と考えるときに行き着くのが、自分のルーツなんですよね」
だからこそ、自分も誰かにとってのそれになれたら、と考えた。
自分の人生にインパクトを与えたものと同じように、患者さんにとっては美容医療がルーツになるかもしれない。一緒に働くスタッフからすれば、仕事を通したルーツになるかもしれない。
興味深いのは、この理念があえて明確に定義されていないことだ。解釈の余地を、意図的に残している。
「人によって解釈が異なるようにできているんです。スタッフとは毎月ミーティングをするんですが、そこで『あなたが思う、誰かのルーツになった瞬間は今月は何ですか』と聞いています。正解はありません。誰も『あなたがルーツになりました』とは言ってくれませんから。だから自分が思っていることを自分で解釈していく。その余白部分が、成長のサイクルにつながると思っています」
判断の軸は、たったひとつ
診療において譲れないことを尋ねると、答えは即座に返ってきた。患者さんの満足度である。
「どうであれ、満足してもらうというのが最終的な着地なんです。もちろんその中には、きれいに施術をするということも含まれています」
特徴的なのは、この軸が徹底して主観の側に置かれていることだ。美容医療は主観の世界である。だから、患者さんが「ずれている」と感じた時点で、それはずれている。
「僕がどれだけずれていないと言っても、噛み合わないですよね。だからずれていると言われたら、この方にとってはずれているんだろうな、という理解を示すところから始めます」
自分の見解を貫くかどうかも、この軸で決まる。満足度が上がりそうだと判断すれば折れるし、そうでない方向に向かいそうなら維持する。判断のすべてがそこにある。
満足度が下がってもいいので僕の意見を貫き通す、ということはないですね。
もう一つ譲れないのが、自分が担当した方は最後まで見切るという姿勢だ。
「自分が行った手術や展開したものに関しては、最後の最後まで見切るということですね。他の方に迷惑をかけたくない、というよりも、それだと無責任だなと思ってしまうので」
言葉の温度を、読む
患者さんとのやり取りはメッセージでも行われる。そこで郭先生が見ているのは、文面の内容そのものよりも温度感だという。
「文面から、気持ちが落ち着いていらっしゃるな、とか、少し不安がおありかな、ということが伝わってきます。そうした機微を、できるだけ早く受け取るようにしているんです」
そう感じたときは、客観的な事実よりも、まず気持ちの部分で安心いただくことを優先する。仮に時間が解決する問題であったとしても、伝え方や受け取り方によっては満足度がまるで変わってくる。実際にご来院いただいたり、お電話でお話ししたり。ていねいに向き合い、認識をすり合わせながら、気持ちよく次へ進んでいける状態を整えていく。
その人になりきる、という深さ
カウンセリングに時間をかける理由も、この軸から説明できる。まず医師として、そもそも施術をしていいものかどうかを判断する。既往歴や持病の確認に時間を使う。そのうえで、最も時間をかけるのが「すり合わせ」だ。
患者さんが本当に望んでいる姿は、人によってまったく違う。ダウンタイムを息子に気づかれたくない。翌日出社したときに、あの上司にだけは知られたくない。そうした事情が必ずある。
「その場合は、その上司の方とどれくらいの頻度で、どれくらいの距離感で会うんですかと聞きます。その方の美容に関する知識はどうですかとか、過去に周りで気づいた方がいて、どんな反応をしていましたかとか。そこまで伺って、自分がもしこの方にこの施術をした場合、きっとこのタイミングで出社するだろうから、こう言われそうだな、言われなさそうだな、と判断するんです」
ほとんど、その人になりきるほどの解像度である。そこまでやる理由も明快だ。
それが僕からすると、本人にとって満足度を高められることなんです。逆に言うと、そういうことができる美容外科は、そう多くないはずなんですよね。
高齢の方に何を勧めるべきか、という例も挙げてくれた。技術的に最も若返る選択肢は明らかにある。しかし、それが本当に正解かどうかは、表情やニュアンスから読み取るしかない。切ったほうが満足度が高いのか、まずは負担の軽いもので様子を見ながら重ねていくほうが高いのか。リスクを最大限まで下げたうえで、提案を組み立てていく。
違和感をつくらない、という設計
この特集で必ず伺っている質問がある。感動と呼べる体験とは、具体的にどんな瞬間か。郭先生の答えは、予想を裏切るものだった。
「違和感が一つも見つからない瞬間ですね」
喩えとして挙がったのは、五つ星ホテルだった。
「こんなところまで配慮してくれるのか、という部分がプラスアルファになるわけですが、それ以外の違和感は一切ないわけですよね。汚れているとか、態度が悪いとか、そういうマイナスポイントを作らない。こうであって当たり前だよね、という期待値を裏切らないための設計は、必ずしなければいけない。プラスアルファは、そのさらに上にある状態だと思っています」
つまり、感動は加点で作るものではない。減点をゼロにした先にしか生まれない、という考え方である。
この思想は、驚くほど細部にまで及んでいる。スタッフの声のトーン、服装。そして自分自身の清潔感。手術を終えて帽子を外したあと、髪が乱れたまま人前に出ることはしない。
「カウンセリングでは、シミュレーションをするときにすごく近づくんですよね。そのときに髪の毛が飛んでいたり、服装が汚れていたり、爪が伸びた状態で触れられたりすると、それは違和感や不快感につながるんです」
違和感を消し去るというのが、どこか人生のテーマにあるのかもしれないですね。
不安もまた、違和感である
ダウンタイムへの徹底したこだわりも、同じ発想から来ている。
「僕はかなりロジカルな人間なので。何かをなくすというのは、そもそもどこで発生しているのかという可能性を、全部潰すというだけなんですよね」
特に重視しているのが、施術中の恐怖感を拭うことだ。ROOTS Clinic では、意識のある状態で手術を受ける方がほとんどを占める。だからこそ、痛みと不安を限りなくゼロに近づける必要がある。鎮痛の効き方を時間から逆算して組み立て、施術中に最も効いている状態を作る。麻酔そのものの刺激を抑える工夫も重ねている。
そして、施術中に雑談をする。
「気をそらすためですね。だから僕の役割は、手術をするだけではなくて、患者さんと話すということも含まれているんです」
仕上がりがどれほど美しくても、その過程で不安を抱えていたら意味がない、と先生は言う。不安は違和感であり、違和感は満足度を下げる。すべてが一本の線でつながっている。
実際に届く声も、この設計を裏づけている。結婚式やイベントを控えた方と相性がよいこと。施術のあと、毎日鏡を見るのが楽しくなったという言葉。化粧に時間をかけなくてよくなったという変化。そして、人と目を合わせても、視線をそらさなくなったという報告。ROOTS Clinic の Google 口コミの評価を見れば、それを目の当たりにできる。
決めた時間の中で、密度を上げる
ここまで一人あたりに時間をかけて、クリニックはどう回っているのか。運営面の工夫を尋ねると、答えはマネジメントの話になった。
大前提として掲げているのが、残業をしないことである。
残業してまで仕事をするというのは、僕は美学ではないと思っているんですよね。決めた時間の中で、どう積み込むかという考え方をしています。
カウンセリングで必要な情報を引き出すには、短い枠では足りない。だから枠は必然的に長くなる。一方で施術は、同じ内容を重ねることが多く、所要時間が計算できる。そこに施術の時間をていねいに組み合わせていくと、一日にご案内できる人数が決まる。
患者さんと向き合う時間と、終業の時刻。この二つを先に確保したうえで、残りの密度を上げていく設計である。
休みは、報酬である
スタッフとの関係についても、この姿勢は一貫している。夏に10日間の連休、冬にも5日間。これらは有給休暇の消化ではなく、給与が支払われた状態での特別休暇だという。
「それでいいと思っているんですよ」
目指しているのは、働き方そのものの転換だ。将来的には週休3日を実現したいと語る。そのためには、本当に時間をかけなければいけないこと以外は、効率化を図る設計が肝となる。
「例えば、来院前にどういった情報を知っておく必要があるのか、事務的なものは最効率で動かしていきたいんですよね。現に今でも完全ペーパーレス化を実現していて、さらには来院前に、さまざまなSNS媒体で施術の情報をキャッチしていただく。事前に情報をインプットできて、クリニックのことがわかっている、という状態をさらに作っていきたいです」
ここでも軸はぶれていない。事前に伝わっていれば、対面の時間はすべて「その人にしかできない話」に使える。効率化の目的は、時間を削ることではなく、密度を上げることにある。
売上を、意識させない
売上目標がないわけではない。ただ、スタッフにそれを追わせることはしないという。
「どうやったら売上が上がるのかな、ではなく、自然とこういうことをやっていくと、まあそうなるよね、という状態が理想なんです」
ROOTS Clinic の価格帯は、決して安価ではない。しかし、来院者の体験価値を最大限まで引き出せる構造と、綿密に考え抜かれたサービスが、自然と必要十分な提案となり、結果としてご自身で「やっぱりやろう」と思える。そういう流れを目指している。
院長の姿が、いちばん見られている
院内の雰囲気づくりで意識していることを尋ねると、ここでも「違和感」という言葉が出た。
「院長の姿は、非常に大きいと思います。これも患者さんの満足度と一緒で、違和感を持たせないことが重要です。だらしないとか、一貫性がないと、人は見限りますから」
加えて力を入れているのが、各部署のリーダーとのコミュニケーションだ。リーダーが院長の意図を汲み取れているか。その思いを他のスタッフに伝えられているか。そこを確認するミーティングは、こまめに行っている。
満足が、循環していく形へ
3年目に向けて描いていることを聞くと、まず出てきたのは物理的な制約の話だった。新たに医師も加わり、今の広さでは足りない場面が出てきている。継続して通える選択肢を、まだ十分に用意できていないという課題意識がある。
そこで見据えているのが、より気軽に足を運べる入口を持つことだ。
「ふらっと立ち寄れるような感じで来ていただけるような、そういうクリニックづくりを3年目は目指していきたいなと思っています」
その先にあるのが、一人ひとりと長く続く関係、という考え方である。
「満足度の高い患者さんがいるというのは、ものすごく重要な指標なんです。その方たちに何を届けられるかというところが、次のステップになるのかなと」
先生が思い描く完成形は明快だ。満足度の高い関係が続き、その循環の中で、必要な方には外科的な選択肢へと自然につながっていけること。そうなれば、自分たちで循環を作り続けることができる。
広げたいのは、店舗ではなく輪
最後に、ROOTS Clinic をこれからどんな存在にしていきたいかを尋ねた。返ってきたのは、理念の話だった。
「まだクリニックが始まって2年。良いサービスを提供し、時間をかけてクリニックの文化を醸成し、認知を広げていくフェーズです。そして何よりも、理念の浸透というのが僕の最大の悲願というか、進めたいことなんです」
やりがいを最も感じる瞬間として挙げたのは、患者さんであれスタッフであれ、心から素晴らしいと思ってもらえたときだという。
多店舗展開をしたいということではなく、僕が決めた満足度の基準に到達した時点で次が出てくるので、必然的に広がっていく。そういう形を取っていきたいと思っています。
拡大が先にあるのではない。満足が先にあり、その結果として輪が広がっていく。クリニック名に込めた「誰かのルーツになる」という願いは、患者さんに対しても、スタッフに対しても、まったく同じ形で向けられていた。
違和感を一つも残さないという徹底は、細部への神経質さではなく、目の前の人を最後まで引き受けるという覚悟の表れなのだと、話を聞き終えて思う。すべての判断を「患者さんの満足度」ひとつに預けるからこそ、ぶれない。選ばれる理由は、おそらくそこにある。