港区・麻布台。ビジネスの中心地から少し歩いた一角に、そのクリニックはある。掲げるのは、美容でも、保険診療でもない。「病気の根本予防」と「老化の管理」——近年、世界的に注目を集める、ロンジェビティ(不老長寿・抗加齢)と呼ばれる領域だ。まだ市場そのものが立ち上がりきっていない場所で、独自の立ち位置を築く植倉院長に、選ばれ続けるクリニックのかたちを聞いた。
うちは、実は研究機関なんです。
港区という、選択
まず伺ったのは、立地のこと。なぜ、この場所だったのか。答えは、明快だった。届けたい相手が、そこにいたからだ。
主に、経営者層に届けたい。では、その方々が集まっているのはどこか。そう考えると、やはり港区だろう、と。
想定する患者像は、はっきりしている。生産性を最大限に発揮することを求められ、かつ代わりの利きにくい立場の人たち。彼らにとって健康とは、単に「病気でないこと」ではない。パフォーマンスをどう保ち、高めていくか——その文脈で、老化の管理へのニーズが高まっていると院長は見る。エリアの選定は、届けたい相手を定義することと、ほとんど同じ意味を持っていた。

診療の柱は、“個人差”にある
提供する医療の目的は、大きく二つ。病気の根本予防と、老化の管理である。その土台に置かれているのが「代謝の最適化」だ。手順は、丁寧に組み立てられている。まず、血液や尿などからデータを集める。すべての出発点は、その人固有のデータだ。解析の結果にもとづき、その人に合わせたメンテナンスを設計し、日々続けてもらう。並行して、定期的なケアを重ねていく。これらを、続けやすいひとつの形にまとめて届けている。
その先に、美容皮膚科的なアプローチや、先進的な選択肢も一通りそろえる。ただし院長は、それらを万人に必要なものとは位置づけない。
万人にとって重要というわけではない。予算や目的に応じて、その人に応じて提供する。
選択肢を広く持ちながら、勧めない。ここに、このクリニックの姿勢が表れている。
クリニックは、研究機関である
開業に込めた思いを尋ねると、院長は「対外的に聞こえがいいかは別として」と前置きしたうえで、二つの役割を挙げた。ひとつは、研究。といっても、フラスコやシャーレの中の話ではない。
老化にいい、健康にいいと言われるものは、たくさんある。でも、どんなものにもメリットがあれば、デメリットもある。どういう人に届ければメリットが最大化されるのか——結局それは、個人差なんです。
だから必要なのは、その人に合わせて最適なものを届けるための仕組みであり、ノウハウである。それを磨く場所として、クリニックがある。方法は、きわめて基礎的だ。解剖学・生理学といった基礎医学のロジックから仮説を立て、提供し、結果を見る。データが積み上がり、精度が上がる。臨床の現場を、そのまま仮説検証のサイクルとして回している。
もうひとつの役割を、院長は笑いながら明かした。自分自身、老化を克服して長く若々しくありたい——その思いが、人一倍強い。だからこれは、趣味でもある、と。医療者としての使命感と、一人の人間としての切実な関心。その二つが、同じ方向を向いている。
何を“売らないか”で、立ち位置を決める
診療でも経営でも、これだけは譲れないと決めていることは何か。返ってきたのは、シンプルな言葉だった。「本質重視。一言で言えば、当たり前なんですけど」。もう少し具体的に、と促すと、話は意思決定の基準に及んだ。たとえば、日々続けてもらうもの。こちらの方が安い。しかし、質は微妙だ。そうしたとき、何を指標に決めるのか。
いいものだけを見る。そこを妥協しない。それは、譲れない部分です。
だからこそ、と院長は続ける。このクリニックは、特定の商品の代理店をやらない。独占契約のようなものを結べば、それしか勧められなくなってしまう。「僕は、営業会社ではないので」。扱える商品を、あえて増やさない。収益の機会を手放しているようにも見えるこの判断こそが、患者にとっての「本質重視」を成り立たせている。何を売るかではなく、何を売らないかで、立ち位置を定義しているのだ。
「よかった」と言われる瞬間を、つくる
患者満足のために力を入れていることを尋ねると、最初に返ってきたのは、意外な言葉だった。「気合です」。冗談めかしながらも、院長はこれを本気で言う。真似しづらいことは、自覚している。それでも、「その気合がいい」と言ってくれる人は、少なくない。言葉を補うなら、こうなる——とことん見る。よく話す。徹底して、個別に対応する。
それを支える仕組みも、いくつもある。当日の予約を受ける。「もう向かっています」という食い気味の連絡でも、受ける。急な体調の相談にも、すぐに応じる。こじらせて仕事を休むわけにいかない人にとって、その日のうちに対応してもらえることの価値は大きい。最近は、どうしても動けない会員のもとへ、看護師が伺う形も始めた。
急に対応できる、というところは、かなりありがたがられます。
パーソナライズと、アクセスのよさ。この二つが、感謝が生まれる瞬間を支えている。

チーム医療を、言葉で終わらせない
スタッフに長く活躍してもらうために意識していることは何か。院長は「まだ検証段階で、うまくいっているかは分からない」と率直に前置きしたうえで、内発的な動機づけの大切さを挙げた。給与のような外発的な動機づけも当然大切だが、それだけでは続かない、と。そのうえで、日本の医療組織のありようにも触れる。「チーム医療と言いたいんですけど、なんだかんだ、医師のトップダウンになっている」。だから自院では、担当としての責任感と、ある程度の裁量を、意識して渡している。
同時に、これが万人向けでないことも認める。指示された通りに進める方が、力を発揮する人もいる。合う・合わないは、必ずある。裁量を渡すというのは、任せる側の覚悟だけでなく、合わない人がいることを引き受ける覚悟でもある。
どう届けるか——「成果を出す」以外に道はない
集患やブランディングで、これまで気をつけてきたことは。返答は、直球だった。「とにかく、成果を出す。医療における成果とは、体調を良くすること。それに尽きる」。サービスの質が本当に高ければ、口コミで自然に広がっていくはずだ、と院長は言う。当たり前のようでいて、実際には難しい。ここで話は、再び「研究機関」へ戻る。失敗することもある。だからPDCAを回し、ノウハウにし、成果が出るまでコミュニケーションを取り続ける。結果として紹介が生まれ、広がってきた。
仕組み化の壁は、必ず立ちはだかる。でも、その以前に、サービスの中身が伴っていなければ、仕組み化する前に組織として終わってしまう。
もっとも、当人は謙遜も忘れない。「うちも今、その仕組み化に、めちゃくちゃ苦労しているので」。
いちばん難しかったのは、「誰と組むか」
これまでの道のりで、乗り越えるのが難しかった局面は何か。方向性そのものは、開業前から一貫して変わっていないという。大きく悩んだことはない、と院長は言う。ただ一つ、苦労したことがある——誰と、深く組むか。開業当初は、資金的に苦しい時期もあった。エネルギッシュな支援者に恵まれ、経営に関わってもらう場面もあった。だが最終的に、価値観という土台の部分で、進むべき方向が重なりきらなかった。現在は円満に体制を整え直し、当時関わってくれた人たちとは、今も良い関係が続いている。
代表は、あくまでも自分。自分がそのビジョンに向けて活動するために、事業をやっている。それが第三者によって捻じ曲げられるなら、僕がやる意味がなくなってしまう。
そして院長は、こう付け加えることを忘れなかった。当時それを知っていたとしても、同じ判断をしただろう、と。組織が小さいときは、選べる選択肢そのものが少ない。だから、後悔はしていない。感謝もしている。価値観を合わせることの重さは、痛みを伴ってしか学べないことが、ある。
「不老長寿」を、当たり前にする
最後に、これからのビジョンを伺った。事業の目的は、社会課題の解決にある。院長が見据えるのは、医療制度のアンバランスだ。保険診療は、内容においても仕組みにおいても、根本からの予防を担いきれない。ならば、それを補う形が要る。加えて、少子高齢化。生産年齢人口の生産性を最大化するという観点から、老化の管理は避けて通れないテーマになる。これらを束ねるキーワードが、健康寿命であり、ロンジェビティである。
どうやって不老長寿になれるのかという医療を、体系化して、仕組み化して、社会課題を解決する。それが、ゴールです。
その構想における研究機関が、まさに今のクリニックだ。ここで研究を続け、得られた成果を、福利厚生や健康経営という文脈で、生産年齢人口が集まる企業へと届けていく。そういう組織をつくりたい、と院長は語る。では、この領域の中心を目指すのか。そう問うと、答えはもう一段、先を向いていた。
新しい市場をつくるくらいの気概でいます。ロンジェビティは、まだニッチ。不老長寿を、当たり前にしていく。
もっとも、その市場の内実についても、院長は冷静だ。仮に不老長寿医療の市場ができたとしても、実態はサプリメント、フィットネス、自費診療——既存のものの組み合わせにすぎない。「イノベーションって、結局は組み合わせなので」。既存のものをどう組み合わせ、個人差にどう合わせ込むか。その一点に、この研究機関は賭けている。
規模でも、派手さでもない。選ばれるクリニックの条件があるとすれば、それは「何を大切にするか」を、ぶれずに構造へと落とし込む力なのかもしれない。“研究機関”という一風変わった自己定義が、NU CLINIC の輪郭を、静かに際立たせている。
