制度は「理念」から入れる ─ 組織図・マニュアル・人事評価、着手の順番
組織図を作った。マニュアルも整えた。人事評価制度も入れた。それなのに、組織は思ったように動かない——。制度そのものが間違っているわけではなく、入れる順番が違っていることがあります。整形外科・歯科・福祉施設まで支援してきたMEDICAL COO・横山浩二氏の答えは明快でした。着手は、理念から。連載第2回は、何を、どの順番で、何人くらいの規模から入れるのかを扱います。
制度は、本来なにをする道具なのか
順番の話に入る前に、そもそも制度は何のためにあるのかを確認しておきます。横山氏がこの領域で事業を組み立てるようになった出発点は、ご自身が一般企業で働いていたときの実感でした。
横山さんのコメント「一般企業には、組織図も人事評価制度もマニュアルも、教育制度やキャリアパス、昇給制度も、当たり前にありました。その中にいると、自分のキャリアをどう描いていくかが、とても描きやすかったんです。それがやりがいになり、組織へのエンゲージメントを高めているのだと、強く感じていました。」
ここで語られているのは、管理の話ではありません。制度は、働く人が自分の先を描くための道具だという捉え方です。組織図は自分がどこにいるかを、キャリアパスと昇給制度はこの先どこへ行けるかを、マニュアルと教育制度はそこへ行く道筋を示します。
逆に言えば、「この組織がどこへ向かうのか」が決まっていない状態で制度だけを置いても、描くべき先が現れない。だから順番の話になります。
着手の順番 ─ 理念 → 浸透 → 組織図・マニュアル → 教育体制
組織図、マニュアル、人事評価、理念浸透。この4つをどう並べるか、最初に着手すべきものは何かを聞きました。答えに迷いはありませんでした。
横山さんのコメント「スタートは、まず理念を決めることです。理念を決めたら、それを前提に、もう一度、理念を浸透させる段階が来ます。組織の目的は何なのか、組織はどこへ向かっているのか。そこが決まったうえで、マニュアルを作成し、教育体制を作っていく。この流れになることが多いですね。」
整理すると、次の4段階になります。
| 段階 | やること | ここで決まるもの |
|---|---|---|
| ① 理念 | クリニックが何を大切にし、どこへ向かうのかを決める | 組織の目的と行き先 |
| ② 浸透 | 決めた理念を、働く人に伝えて共有する | 全員が同じ行き先を見ている状態 |
| ③ 組織図・マニュアル | その行き先に対して、誰が何を担うのかを形にする | 役割と、業務の標準 |
| ④ 教育体制 | 担う人を育てる仕組みを作る | 役割を果たせる人が育つ道筋 |
注目したいのは、①と②が分かれていることです。理念を「決める」ことと「浸透させる」ことは別の作業で、決めただけで止まっているケースは少なくありません。横山氏の説明でも、理念はいったん決まったあとにもう一度戻ってきます。掲げた言葉が、組織の目的として全員に共有されて初めて、次の段階が意味を持ちます。
③から入ると、組織図は「今いる人を枠に当てはめただけの図」になり、マニュアルは「なぜそうするのか」が抜けた手順書になります。④から入ると、教育の到達点を誰も説明できません。後ろの段階ほど、前の段階の答えを必要とします。制度が動かないときは、制度の出来より前の段階を疑ってみてください。
浸透のさせ方は、伝える順番で決まる
②の浸透は、全体に一斉に投げれば済むものではありません。前回の記事で外部が会議体に入るときの順番を紹介しましたが、理念を共有する場も考え方は同じです。理事長とすり合わせ、理事長から発信する → 事務長、いなければ各セクションの主任と事前に意図を共有する → 全体に伝える → セクションごとに再度説明する → 疑問が残る人には個別に話す。「急に何か始まった」という受け取られ方を、起きる前に防ぐ設計です(Vol.1 の該当箇所)。
制度を検討する目安は「5名以上・各セクションに1〜2名」
では、何人くらいの規模から制度が必要になるのか。ここにも具体的な目安がありました。
横山さんのコメント「僕自身は、スタッフが5人以上いて、各セクションに1人か2人は必ずいる状態ができているのであれば、評価は必要だと思っています。そうなって初めて、組織の目的がきちんと生きてくるのではないでしょうか。各セクションに役割を持つ人が生まれてきたら、制度を入れることも考えた前提で、形を作っておいたほうがいいと思います。」
人数そのものより、「各セクションに役割を持つ人が生まれているか」が線引きになっています。全員が全部をやっている段階では、目的を分解して各セクションに配る意味がまだ薄い。セクションが立ち上がり、そこに担い手がいる状態になって初めて、クリニック全体の目的が各セクションの項目として生きてきます。
- スタッフが5名以上いる
- 受付・看護・カウンセリングなど、各セクションに1〜2名の担い手がいる
- クリニック全体として達成したいことを、言葉にできている
- その達成に対して、各セクションが担う項目を書き出せる
なお「必要になったら作る」ではなく、制度を入れることも考えた前提で作っておくという言い方をされていた点は重要です。組織が育ってから慌てて制度を足すより、育つ過程を見越して形を用意しておくほうが、途中の作り直しが少なくなります。
人事評価制度を入れて、かえって空気が悪くなるとき
制度を入れたことで、むしろ組織の空気が悪くなる。実際に起きる失敗のパターンを聞きました。原因はほぼ一点に集まります。昇給額の根拠を、説明しきれないことです。
横山さんのコメント「『この昇給額の根拠は何ですか』『なぜこの金額なんですか』と聞かれたときの説明を、こちらで細かく作らなければいけません。主任やリーダーがそれを説明できない、あるいは自分たちが答えなければいけない立場になったとき、お金の問題はかなり大変でした。結果として理事長や事務長に負担がかかり、僕らも一緒に説明する場面が多かったです。曖昧だったからこそ表に出ていなかったものが、はっきりさせたことで、下からの突き上げとして大きくなってしまった面はあると思います。」
評価が決まるということは金額が決まるということで、金額が決まれば必ず理由を聞かれます。その説明を最初に引き受けるのは、経営者ではなく、現場の主任やリーダーです。制度を作った側が説明の言葉を用意していなければ、答えられない人が板挟みになり、負担は理事長や事務長へ戻っていきます。
評価項目そのものより、「なぜこの評価になり、なぜこの金額になるのか」を説明する言葉を先に用意します。主任・リーダーが自分の言葉で答えられる状態まで持っていってから運用を始める。ここを飛ばすと、曖昧だったから表に出ていなかった不満が、制度をきっかけに一斉に出てきます。
ここは、制度を入れること自体の否定ではありません。曖昧なままにしておけば問題が起きないわけではなく、見えていなかっただけです。横山氏の言葉を借りれば、曖昧だったからこそ表に出ていなかったものです。はっきりさせる以上、説明する準備も一緒に始める——そういう順番の話として受け取るのが近いと思います。
売上を、どこまで開示するか
評価制度が報酬に直結する以上、働く人は「クリニックが今どれくらいの売上なのか」を必ず気にします。ここは経営者がもっとも迷うところですが、横山氏の方針は一貫していました。
横山さんのコメント「人事評価制度で自分の報酬が決まるのですから、そこはクリアにしていきましょう、と必ずお伝えしています。それが、組織の引力にもなるからです。理事長の役員報酬まで細かく分解してお伝えする必要はありません。ただ、クリニックとしてどれだけ売上が立っているかは、組織にいる人たちに『これだけ立っているんだ』と分かっていただいたほうがいい。そこは強くそう思います。」
整理すると、開示の線引きは次のようになります。
| 開示するもの | 開示しなくてよいもの |
|---|---|
| クリニックとしてどれだけ売上が立っているか | 理事長の役員報酬の内訳 |
| 全体の目標と、各セクションが担う項目 | 個人ごとの細かな収支の分解 |
「組織の引力になる」という言い方が印象的でした。数字を見せることは、管理のためではなく、自分たちの仕事がどこにつながっているのかを見えるようにするため。売上への貢献が見えにくい職種ほど、この効果は大きくなります。職種によって貢献の見え方に差が出る構造については、Vol.1 で扱いました。
評価の運用は、システムではなくクリニックごとの設計
評価制度というと、専用のシステムを導入する話になりがちです。ところが、実際の運用はもっと手元のものでした。
横山さんのコメント「うちの場合、専用のシステムまでは使っていません。基本はエクセルやスプレッドシートで、評価項目を管理しています。各クリニックでヒアリングをさせていただいたうえで、クリニックごとに項目を作っています。」
ここで重要なのは、道具が簡素だということではありません。評価項目は、クリニックごとにヒアリングして作るものだという前提で、理念も、目指す規模も、セクションの構成も、クリニックによって違うからです。理念から入る順番を踏んでいれば、評価項目はその延長線上に自然と決まってきます。逆に、どこかから持ってきた項目をそのまま当てはめても、自院の目的とはつながりません。
横山氏が人事評価を設計するときの軸は、業績・姿勢(理念)・専門職の3つ。もっとも大きな比重を置くのは、クリニック全体としての目標設定です。姿勢の軸に理念が入っているところが、この回の話とつながります。Vol.1 の該当箇所を読む
一度で完成しないことを、前提に置く
最後に、支援の現場で学んだこととして語られた一節を紹介します。制度を入れようとしている方に、もっとも必要な前提かもしれません。
横山さんのコメント「人事評価制度は、一回で納得できるものは作れません。変えながらやっていくのですが、そこでどうしても不満は出ます。報酬に関わることですし、目標を決める、目標を立てるということ自体が苦手な人も多いんです。だから僕らも、目標だけがすべてではないと強く感じるようになりました。そこを理解したうえで、どういうルールや仕組みがいいのかを考える。とても勉強になりました。」
目標を立てることが得意な人ばかりではありません。それを前提に置かないまま目標管理だけを強めると、制度が人を追い立てることになります。一度で完成させようとせず、運用しながら組み直していく。そのつもりで始めたほうが、結果的に早く根づきます。
着手の順番を、もう一度
- 理念を決める——何を大切にし、どこへ向かうのかを言葉にする
- 浸透させる——理事長から発信し、主任と事前に共有し、全体、セクション、個別の順で伝える
- 組織図・マニュアルを作る——行き先に対して、誰が何を担うのかを形にする
- 教育体制を作る——担う人が育つ道筋を用意する
- 評価を設計する——スタッフ5名以上・各セクションに1〜2名が目安。説明の言葉を先に用意し、運用しながら組み直す
制度は、入れれば動くものではありません。どこへ向かうのかが決まっていて、それが共有されていて、その上に役割と標準と育て方が乗る。順番が合っていれば、制度は働く人が自分の先を描くための道具に戻ります。次回は、その組織で交わされる面談を扱います。「今日は本音の場か、査定の場か」を最初に伝えることの意味と、院長が面談しても本音が出にくいときに誰が聞くのか——辞める前に気づくための面談の設計です。
