美容クリニックの組織は、なぜ崩れるのか ─ 歩合・混成チーム・院長プレイヤー問題
スタッフが辞める。空気が重い。制度を入れても動かない。組織の問題は、たいてい「なんとなく」抱えたまま走り続けることになります。整形外科・歯科・福祉施設まで支援してきた立場から見たとき、美容クリニックの組織には構造的な弱点があると横山浩二氏は言います。崩れるのはどこか。そして、どこから戻すのか。連載第1回は、その地図づくりから始めます。
「個が強い」ことの副作用
美容クリニックの組織を、整形外科や歯科、福祉施設と並べて見たときに何が違うのか。横山氏がまず挙げるのは、働く人のモチベーションが高く、「自分の力で結果を出す」意識の強い人が集まりやすいという点です。
これは本来、強みです。指示を待たずに動ける人が多く、立ち上がりも速い。ただし副作用があります。個々が持っている目標と、組織としての目標が重なっていないと、「個の力が強いだけの集まり」になってしまう。同じ場所で働いているのに、全員が別々のゴールを見ている状態です。
横山さんのコメント「モチベーションが高い人たちが集まりやすく、“ここが強い”という意識も強い。だからこそ、個々の目標と組織の目標がいかに重なるかをすごく意識して作らないと、個だけが我の強い組織体制になってしまう可能性があるんです。」
崩れる組織は、ある日突然崩れるわけではありません。この「重なっていない状態」を放置したまま人数だけが増えていき、歩合や職種の違いといった構造がそこに乗ることで、断層がはっきりしていく。以降で見ていくのは、その断層ができやすい三つの場所です。
歩合・インセンティブは、どこで崩れるのか
美容クリニックの報酬設計には、歩合やインセンティブが組み込まれていることが少なくありません。問題は、売上への貢献が「見えやすい職種」と「見えにくい職種」が同じ組織に同居することです。
売上が見えやすい人と、見えにくい人
構造的に言えば、ドクターとカウンセラーは、クロージングを担う分だけ売上との距離が近い。一方で、受付は「頑張ったところで何が成果につながるのか」が見えにくく、看護師も施術を丁寧に行うことが売上のどこに効いているのかが本人からは見えにくい。この非対称が放置されると、不平不満が溜まりやすくなります。
インセンティブを職種ごとに分けること自体が問題なのではありません。問題は、クリニック全体としての目標が先に置かれていないことです。全体の達成目標があり、そこに対して各セクションが担う項目が定義されている。この順番でなければ、セクションごとの数字はバラバラに走り出します。
評価は「業績・姿勢・専門職」の3軸で組む
横山氏が人事評価を設計するときに用いるのは、次の3軸です。もっとも大きな比重を置くのは、クリニックとしての目標設定です。
| 軸 | 見るもの | ねらい |
|---|---|---|
| 業績 | クリニック全体の目標に対する達成と、各セクションが担う項目 | 個の数字ではなく、全体の達成に向かわせる |
| 姿勢(理念) | 理念に沿ったあり方、組織として協力できているか | 数字だけでは測れない貢献を評価に載せる |
| 専門職 | 職種としての技能・専門領域の伸び | 専門性を磨く動機を残す |
運用そのものは、専用システムを入れるというより、クリニックごとにヒアリングしたうえで評価項目を作り、ExcelやスプレッドシートでLFU側が個別に設計・管理していく形が中心だといいます。
評価が決まるということは、昇給額の根拠が問われるということです。「なぜこの金額なのか」を主任やリーダーが説明できないと、下からの突き上げが一気に強くなり、理事長や事務長に負担が集中します。曖昧だったからこそ起きていなかった問題が、はっきりさせたことで表に出てくる。制度を入れる前に、説明の言葉を先に用意しておく必要があります。
売上を、どこまで開示するか
評価制度が報酬に直結する以上、「クリニックが今どれくらいの売上なのか」は必ず気になります。横山氏は、ここはクリアにしていきましょうと必ず伝えるといいます。理事長の役員報酬まで細かく分解して伝える必要はありませんが、どれだけ売上が立っているかは、組織の引力になるという考え方です。
看護師・カウンセラー・受付 ─ 断層ができる場所
美容クリニックは、国家資格を持つ職種と持たない職種が、同じフロアで並走する組織です。断層はおおむね、次の線に沿ってできます。
- 看護師 / カウンセラー・受付:医療国家資格を持っているという自負が、無意識の線引きになりやすい
- カウンセラーが独立した職種になっている場合:「自分が契約を取ってきている」という自覚が加わり、三つ巴の構造になりやすい
- カウンセラーと受付が兼務の場合:役割の境界が曖昧になり、負荷の偏りが見えにくくなる
では、どう埋めるのか。横山氏の答えは一貫しています。「誰もが協力しないと達成できない」目標を、組織として明確に置くこと。そのうえで、主任やリーダーがいる場合は、他職種とのコミュニケーションや連携をどれだけ取っているかを評価項目に入れます。評価に載れば、自主的にコミュニケーションが生まれる。会議体がなければ、そこから作ります。
横山さんのコメント「組織として何を達成するのかを明確にして、誰もが協力しないと達成できないよね、という目標設定をすることで埋めていく。職種間の主任やリーダーには、多職種との連携をどれだけ取っているかをよく評価項目にさせていただきます。」
外から入って会議を作ると、「急に何か始まった」という空気になりがちです。横山氏は必ず順番を踏むといいます。①理事長とすり合わせ、理事長から発信してもらう → ②事務長、いなければ各セクションの主任と事前に意図を共有 → ③全体キックオフ → ④セクションごとに再説明 → ⑤それでも疑問が残る人には個別面談。ハレーションは、起きてから対処するのではなく、起きる前に潰す設計です。
院長が「最も稼ぐプレイヤー」であるという構造
美容クリニックに特有なのが、院長がマネジメントの最上位にいながら、同時に最も売上を立てるプレイヤーでもあるという構造です。これは組織にどう影響するのか。
横山氏の答えは「院長がどこを目指しているか次第」でした。正解はひとつではなく、進む方向によって作るべき組織の形が変わります。
| 院長の方向性 | 作る組織 | 育てる相手 |
|---|---|---|
| プレイヤーとして走り続けたい | 院長が診療に専念できる構造にする | 事務長・主任層を教育し、現場を任せる |
| マネジメント・経営に回りたい | 院長が現場を離れても回る構造にする | 医師・看護師など各領域の教育。必要なら医師を採用し、院長の時間を空ける |
大事なのは、どちらを選ぶかを先に決めることです。決めないまま両方をやろうとすると、院長の時間が最初に枯渇します。
横山氏の基準は明快です。「考えなくていい仕事」から手放す。書類の処理、入金作業といった“作業”は、事務長や主任に振るか外注する。先生でなければできないこと、思考を要する重要度の高い仕事に絞っていく。手放す順番に迷ったら、まずこの線で仕分けます。
崩れかけた組織を、どこから戻すか
離職が続いていた組織を立て直した事例で、最初に打った手は何だったのか。意外にも、制度でも面談でもありませんでした。
「離職をなくす」ことを、組織の目標として掲げることです。それまでは、院長もリーダーも「退職はあってもしょうがない」というスタンスだった。まずそこを変え、離職に対して数字で意識を向けるところからスタートしています。
- 離職ゼロを目標として掲げ、全員が納得した状態を作る(教育を含む)
- これまでの離職が何を原因としていたのかを、主任に聞いて整理する
- 整理した原因に対して、教育体制を作る
- 条件・インセンティブ・報酬面をどう設計するかを決める
ひとつは、支援側がマネジメントを代わりにやりすぎて依存が生まれてしまうこと。役員や主任の動きが鈍り、「外部が動くのが当然」という状態になります。もうひとつは、人事評価制度は一度で納得できるものが作れないということ。目標設定そのものが苦手な人も多く、目標だけがすべてではないと理解したうえで、ルールと仕組みを組み直していく必要があります。
分院展開で、最初に壊れる場所
2院目を出すとき、最初に壊れるのはどこか。ここについては、明確な答えが返ってきました。院長で成り立っていたクリニックが、「院長のいない分院」になる、その瞬間からです。
つまり、崩れる起点は分院長選び。理事長の思いや理念がしっかり入っている人を選べていないケースで、つまずく例が多いといいます。
もうひとつの崩れ方が、1院目からリーダーや主任を分院に異動させるパターンです。本体側にその穴を埋められる人が育っていなければ、今度は1院目のセクションが崩れます。
横山さんのコメント「分院を展開する前に、しっかり役割分けをして、主任が抜けても大丈夫なように副主任やリーダーを育ててから展開しましょう、という話はさせてもらいます。マネジメントできる人を外から採ってくる手もありますが、それだと費用がかかる。中でちゃんと内製しましょう、と。」
- 分院長は、理念を共有できている人を選べているか
- 1院目で、主任が抜けても回る副主任・リーダーが育っているか
- 各セクションの役割分けが、人ではなく機能で定義されているか
- 展開のタイミングを、人材の育成状況から逆算できているか
明日から一つだけやるとしたら
最後に、組織のことで動けずにいる経営者がまず何をすべきかを聞きました。返ってきたのは、制度の話ではありませんでした。
横山さんのコメント「普段の関わりから、まず変えましょう。頼み方とか、挨拶とか。マネジメントを“マネジメントしよう”と思っているからこそ間違っていて、普段の関わりや人間関係ができていれば、大きな乖離はそんなに起きない。あとは仕組みだけだと思っているんです。だからまずは理事長と一緒に、1日がどんな流れなのか、勤務時間中がどんな感じなのかを見せていただいています。」
制度の手前に、土台がある。安心して言える場か、見てもらえている実感があるか、育つ道筋が見えるか。制度を入れても動かないときは、たいてい土台のほうに原因があります。次回は、その制度をどの順番で入れるのか——組織図・マニュアル・人事評価・理念浸透の着手順と、「スタッフ何人から制度が必要になるのか」を扱います。
