クリニックのテナント内見チェックリスト ─ 契約前に見るべき物理条件
内装のデザインを決める前に、物件の側ですでに決まってしまっていることがあります。電気の容量、給排水の位置、天井の高さ、消防法上の義務、設備の排気。いずれも契約後に発覚すると、追加工事・レイアウト変更・場合によっては断念という形で跳ね返ってきます。本記事では、開業支援の現場で実際に問題になりやすい5つの物理条件を、内見当日にその場で確認できるチェックリストとして整理しました。
内装業者に相談する前に、物件で決まってしまうこと
クリニックの開業準備で、内装の話は比較的あとの工程に来ます。物件を決めて、それから設計と施工の相談に入る——という順番が一般的です。
ところが実務では、物件を契約した時点で、できることの範囲がかなり決まってしまいます。電気の容量が足りなければ導入予定の機器が動かず、給排水の位置によっては考えていたレイアウトの工事自体が成立しません。天井が低ければ設置できない設備が出てきます。
これらはいずれも、内装のデザインでは解けない条件です。デザインの前段にある、物件そのものの物理的な制約だからです。
そして厄介なのは、こうした条件が内見のときには目に入りにくいことです。立地の良さ、外観、フロアの雰囲気——判断に使いたくなる情報は目立つ場所にありますが、分電盤や排水溝の位置は、意識して見に行かないと視界に入りません。
以下で扱う5つは、いずれも「あとから気づいても巻き直しがきかない」領域です。内見の30分で確認できることばかりなので、リストとして持って回っていただければと思います。
① 電気容量 ─ 分電盤のどこを見るか
電気の容量が足りず、開業できないテナント——これは実際によくある話です。立地も外観も申し分ないのに、導入予定の医療機器の電力需要が既存の容量を超えてしまい、断念せざるを得ないケースがあります。
内見で見るのは分電盤
内見時には分電盤を開けて、現在のアンペア数を確認してください。専門家に同行してもらうのが理想ですが、難しい場合は分電盤を撮影しておき、後日業者に相談するという進め方でも構いません。撮っておくだけで、判断できる人が判断できます。
確認する3つのこと
- ビル側が、そのテナントに割り当てている電気容量
- 導入予定の医療機器の電源電圧と容量。メーカーやディーラーに「この機器は何VA使用しますか」と聞けば答えが返ってきます
- すべての機器の消費電力を合計した数字。個々では足りていても、合計で超えることがあります
電力を多く使う代表的な設備は、レントゲン・CT・MRI、レーザー装置、滅菌器、洗濯乾燥機です。美容クリニックの場合、レーザー機器を複数台そろえる計画なら、この時点で一度合計を出しておく価値があります。
現場で起きたことある美容皮膚科では、開院後にレーザー施術の最中にブレーカーが落ちるという事態が起きました。原因は、複数の機器を同時に使ったことで容量の上限に達したことでした。対応には数百万円規模の工事費と、数日間の診療休止が必要になりました。契約前に分電盤を1枚撮っておけば、避けられた話です。
② 給排水 ─ 位置でレイアウトが決まる
図面上で理想のレイアウトを描いても、元々の給排水設備の位置によっては、その工事自体が不可能な場合があります。結果として、想定していなかった工事費の増加や、開院後の動線の不便につながります。
手洗い設備は「置きたい場所」に置けるとは限らない
約30坪の事務所仕様のテナントで、給排水設備がトイレ周辺にしか通っていなかったケースがあります。このとき問題になったのが、処置室に手洗い設備を設置できないことでした。
医療法および保健所の指導では、処置のあとに、どこにも触れないまますぐ手を洗える設備が求められます。清潔を保つための要件であり、「近くにあるからいい」では通りません。
このケースでは、ポンプ式の給排水設備工事を採用し、配管を天井裏に通すことで、レイアウトを変えずに要件を満たしました。ただしこれは追加の工事であり、当初の見積りには入っていない費用です。
内見でやること
- 排水溝の位置を写真に撮る。間取り図には載っていないことがあります
- 医療機関の実績が豊富な内装業者に見てもらう。一般の事務所やテナントとは要件が違います
- 保健所への事前相談。診療科と処置内容によって求められる設備が変わります
③ 天井高 ─ 低すぎても、高すぎても
一般的な賃貸テナントの天井高は2450〜2750mm程度です。クリニックとして使うなら、可能であれば2.6m(2600mm)以上を確保したいところです。高級物件では3〜4mを超えるものもあります。
低い場合に起きること
- 圧迫感が出て、患者さんが受ける第一印象が悪くなりやすい
- 歯科では、ユニットの設備工事で床が上がるため、相対的にさらに低くなる
- エアコンの設置位置に制限が出る
- レントゲン装置が設置できない場合がある
- 天井付けの無影灯や、天付けの棚などの収納が設置できない・制限される
- 防火設備の取付工事で、選べる方式が限られる
高ければ良いというわけでもない
天井が高い場合にも弊害はあります。照明器具の数が増え、空調の効率が下がり、電気代が上がります。壁材の面積が増えることと照明器具が増えることで、内装工事の費用も上昇します。
つまり天井高は「高いほど良い」ではなく、診療科・設備・想定する体験に対して適切かどうかで判断する項目です。
④ 消防法 ─ 防火管理者の届出義務
テナント物件で開業する場合、一定の条件を満たすと、消防法にもとづいて防火管理者の選任を管轄の消防署に届け出る義務が生じます。物件の条件で決まる話なので、内見の段階で見当をつけておく項目です。
甲種・乙種の分かれ目
| 甲種が必要 | 乙種が必要 | |
|---|---|---|
| 有床クリニック | 収容人員30人以上 かつ 延べ面積300㎡以上 | 収容人員30人以上 かつ 延べ面積300㎡未満 |
| 無床クリニック | 収容人員50人以上 かつ 延べ面積500㎡以上 | 収容人員50人以上 かつ 延べ面積500㎡未満 |
※消防設備の状況、避難経路のレイアウト、入居する階によって異なる場合があります。最終的な判断は管轄の消防署に確認してください。
講習と、誰が取るか
- 講習日数は甲種が2日間、乙種が1日間
- 防災管理者の資格もあわせて必要な場合は、甲種防火・防災管理者の新規講習(2日間のセット)で対応できます
- 資格を持つ人は「退職しない、常勤の管理的地位にある者」が望ましく、院長ご自身が取得されるのが現実的です
- 講習は混み合います。早めの予約が必要です
先に確認しておくことビル全体で一括の防火管理を実施している場合、個別の資格は不要になります。この確認をせずに講習を予約してしまうと、時間が無駄になります。不動産業者またはビル管理会社に、内見の段階で聞いておいてください。
⑤ 設備の排気 ─ ガス滅菌器を置く場合
ガス滅菌器を導入する予定がある場合、排気の経路が確保できるかどうかが、テナント選びの条件に加わります。
なぜ排気が問題になるのか
クリニックで使われるガス滅菌器は、エチレンオキシドガス(酸化エチレンガス/EOG)を滅菌剤として使用します。このガスは滅菌処理後も分解されずに排気される構造になっており、本体裏から配管を通して建物の外へ排出するのが従来の標準的な設置方法です。
このプロセスには、大気汚染防止法・薬機法・労働安全衛生に関する法令が重ねて関係します。またEOGには毒性および発がん性が認められているため、建物の管理者が環境への影響や周辺への有害性を懸念して、設置を認めないケースがあります。
テナントで置けなくなる条件
建物の構造上、躯体(基礎や壁)に穴を開けられない場合、排気配管の工事ができず、導入自体が難しくなります。これは交渉でどうにかなる話ではなく、物件の側の条件です。
代替の考え方
EOGを分解する排ガス処理装置を併用するという選択肢があります。方式には接触分解法・加水反応法・吸着法・燃焼法があり、小規模なクリニックでは活性炭フィルターのカートリッジを消耗品とする吸着法が、コスト面から選ばれやすい方式です。導入価格を抑えられる一方で、カートリッジの交換が継続的な費用として発生します。
なお、排気設備が必要になる機器はガス滅菌器だけではありません。麻酔器など、他にも該当するものがあります。導入予定の設備を一度洗い出したうえで、医療機器業者・内装業者・ビル管理会社と事前に確認しておくのが確実です。
内見当日のチェックリスト
ここまでの内容を、内見の場でそのまま使える形にまとめました。撮影しておくだけでも、後から専門家が判断できます。
電気
- 分電盤を開けて、現在のアンペア数を確認した
- 分電盤の写真を撮った
- ビル側のテナント割当容量を、管理会社に確認した
- 導入予定の機器の消費電力(VA)を、メーカー・ディーラーに確認した
- 全機器の合計消費電力を出した
給排水
- 排水溝の位置を写真に撮った
- 処置室の想定位置に、手洗い設備を設置できるか確認した
- 保健所に事前相談する予定を立てた
天井
- 天井高を実測した(2.6m以上を確保できているか)
- 導入予定の装置・照明・収納が、この高さで設置できるか確認した
- 床が上がる工事の予定がある場合、その分を差し引いて考えた
消防
- 延べ面積と想定収容人員を確認した
- ビル全体で一括の防火管理を実施しているか、管理会社に確認した
- 必要な場合、講習の予約時期を逆算した
排気・その他
- 排気設備が必要な機器を導入するか、洗い出した
- 躯体に穴を開ける工事が可能か、管理会社に確認した
- 不可の場合の代替手段と、その継続費用を確認した
契約前に、専門家に見てもらうという選択肢
ここまでの項目は、いずれも契約前であれば「この物件は見送る」という判断ができるものです。契約後に発覚すると、追加工事で吸収するか、レイアウトを妥協するか、あるいは物件そのものを諦めるかの選択になります。
内見に専門家が同行できるのが理想ですが、日程が合わないことも多いはずです。その場合でも、分電盤・排水溝・天井まわりを写真に撮り、延べ面積と管理会社への確認事項をメモしておくだけで、後から判断ができます。
物件は、決めてしまうと戻れません。内見の30分を、こうした確認に使う価値は十分にあります。
中立の立場で、比較と判断材料をご案内します。
よくある質問
Q. 内見のときに、どこまで自分で確認できますか?
分電盤のアンペア数、排水溝の位置、天井高の実測、延べ面積の確認は、専門知識がなくてもできます。写真を撮っておけば、判断は後から専門家に任せられます。
Q. 電気容量が足りない場合、増やせないのですか?
ビル全体の受電容量やほかのテナントの使用状況によって、増設できる場合とできない場合があります。増設できる場合も工事費と工期がかかるため、契約前に管理会社へ確認しておく必要があります。
Q. 防火管理者は、開業までに取っておく必要がありますか?
選任義務が生じる場合、消防署への届出が必要です。講習は混み合うため、物件が決まった段階で日程を確認し、早めに予約されることをおすすめします。ビル全体で一括管理をしている場合は不要になるので、まずそこを確認してください。
Q. 内装業者はいつ相談すればいいですか?
物件を決める前です。契約後に相談すると「この物件ではこの工事ができません」という話になりがちです。候補が数件に絞れた段階で一度見てもらうのが理想的です。
Q. ドカリーに相談すると何をしてもらえますか?
物件の判断に必要な観点の整理、内装・設計会社の比較とお取次ぎ、開業支援の専門家のご紹介まで、中立の立場でご案内します。ご相談は無料です。
本記事は、株式会社ウイングワン 若狹正樹氏が同社サイトで連載されている以下のコラムをもとに、ドカリー編集部が構成・執筆したものです。事実関係は編集部で確認しています。
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