院長が「やろう」と決めた日、現場では何が起きているか ─ 自費診療をはじめる前に、順番がある
機器は入れた。料金も決めた。それでも自費診療が回り出さない。原因は、院長が見ている場所とは別のところにあることが多い。本記事では、自費導入がつまずく場所を現場の側から整理し、院内で説明を始める前にやっておくべき順番までをまとめた。監修は、保険診療の病棟で6年を過ごしたのち美容医療へ移り、複数のクリニックの立ち上げに携わってきた美容看護師・相良萌氏。(構成/ドカリー編集部)
機器も料金も決まったのに「スタッフが乗り気じゃない」で止まる
自費診療の導入を決め、機器を選び、料金表をつくるところまでは、院長ひとりで進められる。ところが患者に説明し、予約を取り、実際に施術に入るのは現場のスタッフだ。
決める人と、やる人が違う。言われてみれば当たり前のことだが、導入の設計をしているあいだは意外と抜け落ちる。
監修者コメント ─ 相良 萌「やると思えるかどうか。先生だけが決めても、実践するのはスタッフです。そこの理解を得られるかどうかだと思います」(相良氏、以下同)
そして、うまく進まない理由は、たいてい「スタッフが乗り気じゃないから」の一言で片づけられる。その言葉で終わらせてしまうと、実際に何が起きているのかが見えなくなる。
起きているのは反対ではない戸惑いと、距離感である
導入の初期に院内で起きているのは、多くの場合「反対」ではない。もっと近いのは、戸惑いや距離感だ。
保険診療の現場では、患者を守ることが仕事の中心にある。必要のないものは勧めない、リスクのあるものは慎重に扱う。その基準で長く働いてきた人ほど、自費のメニューは自分の判断の枠の外にあるものとして映る。
そこから出てくるのが、「そんなに簡単に引き受けないでほしい」「本当に患者さんのためになるのか」といった言葉である。これは非協力ではなく、職業的な責任感から出たものだ。後ろ向きな態度として受け取ってしまうと、対応を誤る。
自費導入がつまずくのは、機器の選定でも価格設定でもない。現場が「やる」と思えているかどうかである。
「乗り気じゃない」の中身は性質の違う2つに分かれる
「乗り気じゃない」という一言の中には、性質の異なる2つの理由が混ざっている。この2つは、分けて考えないと解決しない。
| 現場で起きていること | 本当の理由 | 必要な対応 |
|---|---|---|
| 負担が増えることへの不満 | 覚えること・準備・片づけが増えるのに、待遇は変わらない | 業務量と待遇の設計 |
| 患者に勧められない | 自分が受けたことのないものを、人に勧められない | 体験の機会をつくる |
前者は、気持ちの問題ではない。実際に仕事の量が増えている。相良氏が現場で耳にしてきたのも、率直な言葉だった。
監修者コメント ─ 相良 萌「業務量は増えたのに給料は変わらない」
この声をわがままと受け取らず、事実として受け止めるところから始まる。そしてこの部分は、院長のところまで上がってこないことが多いのだという。
後者の「勧められない」は、もっと単純だ。
効果も、痛みも、ダウンタイムも知らないまま「いいですよ」とは言えない。医療者としては、むしろまっとうな感覚である。
監修者コメント ─ 相良 萌「必要性が分かっていないのに勧めることには、抵抗があります。自分がやっていなくて分からないものは、勧めづらいんです」
ここを「やる気がない」と受け取ってしまうと、できることは説得か指示しかなくなる。理由が「まだ受けたことがない」ことであれば、必要なのは説得ではなく、体験する機会のほうだ。
院内向けの説明会はいちばん最初ではない
ここまでの話を、院内で進めるときの手順に置き換えると、次のようになる。
| 順番 | やること | ここで確かめること |
|---|---|---|
| 1 | スタッフ自身に、施術を体験してもらう | 効果・痛み・ダウンタイムを、自分の言葉で語れる状態になったか |
| 2 | 増える仕事の量を、具体的に洗い出す | 誰の、どの時間帯の仕事が、どれだけ増えるのか |
| 3 | その負担をどう扱うかを先に決める | 人を増やすのか、既存業務を減らすのか、待遇に反映するのか |
| 4 | そのうえで、院内に説明する | 1〜3の答えを持ったうえで話しているか |
1〜3の答えを用意しないまま説明だけを先に行うと、出てくる質問に答えられない。その説明会が、かえって現場の不信を残すことになる。
「まずスタッフに体験してもらう」という進め方は、費用の面から見ても理にかなっている。自院のスタッフが受けた結果が、そのまま最初の症例にも、患者への説明材料にもなるからだ。外に出す前に、院内で一度試しておくということである。
特別な施策は要らない現場が動きはじめる4つの工夫
では、体験の機会をどうつくり、どのように伝えれば現場が動くのか。実際に成果が出ているのは、次の4つである。
① 職員割引をつくって、まず受けてもらう
導入した機器を、スタッフが福利厚生として安く受けられるようにする。ここから始める院は多く、変化もはっきり表れる。
受けた本人には、効果の出方も、痛みの程度も、翌日どうなるかも分かる。すると患者への説明が、「メーカーの資料に書いてあること」から「私も受けていますが」に変わる。この違いは、契約にも再来にも表れる。
② 「自分ごと」になる伝え方を用意する
脱毛のような施術は、若い人向けの話として受け取られがちだ。そのままでは、40代・50代のスタッフにとって、自分に関わりのない話になってしまう。
誰のための医療なのかを、言葉を変えて伝えてみる。介護の場面で身体を洗うとき、毛のことを気にされる方は実際にいる。将来、自分や自分の親がそうなったときの負担を減らせる——そう伝えると、同じ施術がまったく違うものに見えてくる。
③ お金の話を、隠さずにする
収益の話を現場に伏せておくと、かえって「経営のため」という受け取られ方をする。率直に話したほうが、むしろ伝わる。
この機器を置き続けるには、ある程度の収益が必要になる。安く受けられる状態を保つためにも、患者に届ける必要がある。スタッフ自身にとっての利点と、取り組む意味。その両方を伝えることだ。
あわせて、頑張りが返ってくる仕組みがあることも伝えておきたい。保険診療は点数が決まっているが、自費は積み上げた分が売上になり、賞与という形で戻る余地がある。現場から見ると、この違いは小さくない。
④ 情報を素早く・丁寧に共有する
パンフレットが届いたらすぐ渡す。導入の予定を早めに伝える。勉強会を開き、必要であれば業者やドクターに講師を頼む。知らされていないことは、決まってから反対される。
4つとも、費用も時間もほとんどかからない。共通しているのは、どれも説明会より前に行われるという点である。体験してもらう、伝え方を用意する、収益の理由を話す、情報を早く共有する。説明会は、これらを終えたあとの確認の場になる。
全員の賛成を待たない「やりたい」と言う人を、先に支える
院内の合意というと、全員の賛成を得ることだと考えがちだ。ただ、全員を同時に動かそうとすると、いちばん反対している人のところで話が止まってしまう。
導入の初期にやるべきことは、その逆である。「やりたい」と言っている人を、先に支えること。残りのスタッフには、教育ではなく「仲間がやりたいと言っていることを応援しよう」と伝える。全員の理解は、動き出したあとからついてくる。
監修者コメント ─ 相良 萌「新しいことは一人ではできません。役割を与えて、みんなが参加していると思ってもらう。それが自信になる関わり方が大事だと思っています」
ここでいう「役割」は、責任を押しつけることではない。予約の取り方を考えてもらう、説明の言い方を決めてもらう、記録の様式をつくってもらう。自分で手を動かした人は、その部分については当事者になる。
そしてもうひとつ、院長と現場のあいだに立つ人には、通訳のような役割がある。上の立場から語ると話はどうしても数字や経営に寄り、現場には「またお金の話か」と聞こえてしまう。同じ内容を、現場から見てどんな良いことがあるのかという言葉に置き換えて伝える。事務長や師長がここを担えるかどうかで、進み方が変わる。
全員の賛成を待つ必要はない。関心のある1〜2名と、休診日の半日から始める。やってみた人の言葉が院内に広まってから、対象を広げていく。そして、院長の言葉を現場の言葉に置き換えられる人を、あいだに置くことだ。
美容専門クリニックにはない保険クリニックだけが持っている強み
ここまでは注意点が続いたが、保険診療のクリニックが自費を始めるときには、美容専門クリニックにはない強みがある。
ひとつは、すでに患者がいることだ。広告費をかけて集めなくても毎日一定の人数が来院していて、そのなかの1人か2人が関心を持ってくれれば、それで始められる。
もうひとつは、会話の質である。注射や採血をしながら「実はこういう悩みがあって」と打ち明けてもらえる関係は、初診の美容カウンセリングでは生まれない。かかりつけとしての信頼が先にあるからこそ、聞ける話がある。
監修者コメント ─ 相良 萌「初めて美容を受ける不安や疑問は、長く美容にいる人より、最近始めたスタッフのほうが分かるんです」
患者が最初に感じる不安に、いちばん近いところにいるのは、始めたばかりのスタッフだ。経験が浅いことが、そのまま患者との距離の近さになる。
説明会を開く前に増える仕事を、書き出す
増える仕事を、具体的に書き出してほしい。
- 予約はどう取るのか
- 初回の説明は誰がするのか
- 既存の保険診療の合間の、どこに入れるのか
- 片づけと記録は誰がやるのか
- その分、何を減らすのか(あるいは、待遇にどう反映するのか)
書き出してみると、増えているのが漠然とした「負担感」ではなく、具体的な作業であることが分かる。具体的でさえあれば、減らす方法も、分担のしかたも考えられる。院長と現場が、同じ紙を見て話せるようになる。それが、この作業のいちばんの意味だ。
そして、いきなり大きく始めようとしないこと。簡単にできるところから小さく始めれば、抱えるリスクも限られる。まず試してみて、自院の患者と地域に合っているかを確かめる。合わなければ、形を変えればいい。
うまくいっている院は、機器が特別なわけでも、料金が安いわけでもない。決めたあとに何が起きるかを、決める前に見ている。
