医療法人化、何を見て決めるか ─ 所得の額より先に確かめたい「法人にお金を残せるか」
「所得が増えてきたので、そろそろ法人化を」。開業から数年たった院長の相談は、この言葉で始まることが多い。しかし、税理士の米山憲子氏が最初に見るのは所得の額ではない。役員報酬で取りきらずに、法人にお金を残していけるか。この一点で、所得が十分な先生にも「まだ」と伝えることがある。所得、残せる額、目的、時期の4つに分けて、法人化の判断材料を整理した。(構成/ドカリー編集部)
- 米山氏は、所得の水準を前提としつつ、法人化の可否を「法人にお金を貯めていけるか」で判断している
- 個人の所得から、生活に必要な役員報酬と個人の借入返済を引くと、法人に残せる額が1行で出る
- 「個人事業で貯まっていない人は、法人でも貯まらない」。法人化はお金の入れ物を変えるだけで、使い方は変えない
- 米山氏はデメリットを少ないと見るが、管轄が都道府県になり、毎年の報告が加わる。公知の制約は表で確かめる
- 分院展開や将来のM&Aを考えるなら、法人化によって引き継ぎや運営を設計しやすくなる
- 米山氏は意思決定を1年前、最低8か月前の目安で勧めている。申請時期は所管自治体の日程から逆算する
- ① 所得の水準 ── 前提。超えていなければ検討の入口に立たない。超えていても、それだけでは決まらない
- ② 法人にお金を残せるか ── 判断の本体。生活に必要な役員報酬と個人の借入返済を引いて、法人に残る額があるか
- ③ 法人にする目的 ── 分院、M&A、家族への給与、相続。目的があれば、法人化はそこからの逆算になる
- ④ 時期 ── 所管自治体の申請日程から逆算する。消費税の判定も含めて設立時期を選ぶ
「所得が増えたら法人化」では決まらない
所得の水準は、前提であって答えではない
医療法人化の相談は、所得がある水準を超えたころに始まる。所得税は累進で、所得が増えるほど税率が上がるため、法人化によって税負担を抑えられないか、という発想である。ただし、実際の負担は役員報酬、社会保険料、法人に残す利益などで変わり、所得額だけでは判断できない。
この説明は間違いではない。ただ、米山氏の支援先では、所得の水準は判断の入口にすぎない。所得が超えているかどうかは前提であり、法人化するかどうかの答えではない。
合図がそろっていても、「まだ」と伝えることがある
法人化を考える合図は、所得のほかにもある。分院を出したい、承継を視野に入れたい、スタッフが増えて社会保険の扱いが変わる、家族に給与を出したい、退職金を用意したい、個人のお金と院のお金を分けたい。米山氏は、これらの合図を「全部そのとおり」と認めている。
それでも、合図がそろっている先生に「まだ」と伝える場合がある。
米山 憲子「合図がそろっていても『まだ』とお伝えするのは、法人にお金を貯めていけない場合です。『節税対策で法人化』という言葉がよく出てきますが、法人化するということは、医療法人にお金を貯めていけるかどうか、なんです」(米山氏、以下同)
確かめるのは「法人にお金を貯めていけるか」
法人にする、とは何が変わることか。個人事業では、院の利益はそのまま院長個人の所得になる。法人にすると、利益は法人のものになり、院長は役員報酬として法人から受け取る。役員報酬で取りきらなかった分が、法人に残る。
法人に残った利益には法人税がかかり、残りが法人の内部に積み上がる。設備の更新、分院、承継の原資になるのはこの部分である。逆に、生活のために利益を全部役員報酬で取りきるなら、法人に残るものはなく、法人にした意味は薄い。米山氏の判断の軸は、ここにある。
では、この軸を含めて、何を、どの順で確かめればよいのか。
判断を4つに分けると確かめる順番が見えてくる
①所得の水準 ── 前提であって、答えではない
米山氏の話を、編集部で4つに整理した。「法人化を決める4つの確かめ」と呼ぶ。①所得の水準、②法人にお金を残せるか、③法人にする目的、④時期。①は前提、②が本体、③と④は原則として②を通ったあとに決める。
①の所得の水準は、直近の確定申告書の事業所得で見る。個人と法人の税率差は、税制改正で変わるため本記事では具体的な境目を示さない。税理士がシミュレーションで示す数字を、自院の所得と並べて見ればよい。ここで超えていなければ、法人化の検討はまだ早い。超えていれば、②へ進む。
②法人にお金を残せるか ── 判断の本体
②は、役員報酬で取りきらずに済むか、を数字で確かめる工程である。個人の所得から、今の生活と個人名義の借入の返済に必要な役員報酬を引く。残った額が、法人に残せる額になる。算出方法は第3章で説明する。
残せる額がゼロか、ごく小さいなら、所得が十分でも原則として「まだ」である。法人にする目的が明確でも、この工程は飛ばせない。そのうえで、③の目的が②を超えるほど重要性があるのかを確かめる。
③法人にする目的 ── 分院・継承・M&A・家族・相続
③は、法人にして何をしたいか、である。分院を出す、将来M&Aで譲る、家族に給与や役員報酬を出す、相続に備える。目的によって、医療法人だけでよいのか、別法人を組み合わせるのかが変わる。第6章と第7章で扱う。
④時期 ── 所管自治体の日程から逆算する
④は、いつ設立するか、である。医療法人の設立には所管自治体の認可が必要で、申請の受付回数や審査日程は自治体によって異なる。年2回程度の地域もあるため、米山氏は意思決定を1年前に置くことを勧めている。消費税の判定も含め、設立時期は個別に決める。第8章と第9章で扱う。
まず、①と②を1行の計算に落とす。
所得から生活と返済を引くと法人に残せる額が1行で出る
生活に必要な役員報酬を、先に引く
逆算の出発点は、直近の確定申告書にある事業所得である。ここから、今の生活水準を保つのに必要な役員報酬を引く。役員報酬は、法人になっても院長が生活のために受け取る額だから、法人には残らない。
役員報酬の額は、日々の生活費だけでは決まらない。住宅ローン、子どもの教育費、個人で加入している保険料、親への仕送り。それらを、手取りではなく、所得税・住民税・社会保険料を差し引く前の額で見る。手取りで500万円が必要なら、役員報酬はそれより高くなる。
個人の借入返済は、すべてが法人に移るわけではない
見落としやすいのが、開業時の借入である。個人名義の借入は、法人化しても自動的に全額が法人に移るわけではない。運転資金は少なくとも個人に残ると考えたほうがよい。個人に残るなら、その返済原資は役員報酬から出すことになる。返済の分だけ、役員報酬を高く設定する必要がある。
借入の元本返済は経費にならない。税金を払ったあとの手取りから返す。開業から数年で法人化を考える院ほど、借入の残高は大きく、法人に残せる額はその分だけ小さくなる。
3つの数字で、1行の答えを出す
個人の所得、生活と返済に必要な役員報酬、個人の借入返済。この3つを次の表に入れると、法人に残せる額が出る。役員報酬の額は税理士に見てもらうとして、生活費と返済額は院長本人にしか分からない。まず本人が埋めて、税理士に持っていく順番でよい。
| 項目 | 自院の数字 | どこから拾うか |
|---|---|---|
| ① 個人の所得(事業所得) | 直近の確定申告書 | |
| ② 生活と返済に必要な役員報酬(税・社会保険料を引く前) | 家計の年間支出から逆算。税理士に確認 | |
| ③ 個人名義の借入の年間返済額(元本)※②の内訳 | 返済予定表 | |
| 法人に残せる額(目安) | ① − ② | |
| 残せる額が①に占める割合(参考) | (① − ②)÷ ① |
表1 法人に残せる額の逆算表。法人化後の役員報酬は定期同額など税務上の決まりがあるため、②の額は税理士と確認する。③は②に含まれる内訳であり、①から重ねて引かない。③を法人に引き継げるかは都道府県の認可と金融機関による。
米山 憲子「今の生活水準で、利益を全部役員報酬で取りきらないと生活できない方には、お勧めしていません。たとえば個人の所得が5,000万円あっても、その5,000万円を全部役員報酬で取る必要があるなら、法人にしても意味がないからです」
ここで挙がった5,000万円は、米山氏が説明のために置いた数字であり、法人化の目安ではない。所得の額がいくらであっても、②を引いたあとに残るものがなければ、法人化は慎重に検討すべきである。
法人に残せる額がゼロ、または小さいまま法人化すると、何が起きるか。
個人で貯まらない人は法人でも貯まらない
「しなければよかった」が起きる形
法人に残せる額がないまま法人化した例を、米山氏は見ることがあるという。形は似ている。個人名義の借入が残り、法人は赤字、個人にもお金が貯まらない。法人にしたことで、手続きと費用だけが増える。
法人が赤字になる理由は単純である。役員報酬を生活と返済に合わせて高く設定した結果、法人の利益がなくなる。役員報酬は法人の経費だから、報酬が利益を上回れば法人は赤字になる。赤字が続く法人には都道府県からの指導が入るケースや、金融機関の評価がつきにくく、次の借入が難しくなる。
貯まる習慣は、法人化では生まれない
米山 憲子「個人事業でお金が貯まっていない方は、法人になっても貯まりません」
法人化は、お金の入れ物を変える手続きであって、お金の使い方を変える手続きではない。個人事業の段階で、所得の一部が手元に残る状態になっていなければ、法人にしても役員報酬で取りきる形に戻る。
逆に言えば、個人事業のうちに所得の一部が貯まっている先生は、その貯まっている分を役員報酬から外して、法人に残せる。法人にする準備は、個人事業の段階ですでに始まっている。第3章の表1で残せる額が出る先生は、この状態にある。
個人のままを選ぶなら、理由を言葉にしておく
法人にしない、という判断も正解のひとつである。ただし、理由が言葉になっていないと、先生はすっきりしない。米山氏の事務所では、法人化のシミュレーションを出したうえで、判断を先生に委ねている。
米山 憲子「法人化しない理由は、先生と明確にして、納得のうえで個人のままにしていただきます。ただ、法人化のご提案、つまりシミュレーションは、しないわけにはいきません。判断は先生に委ねています」
「まだ」の理由が「法人に残せる額が小さい」なら、翌年は残せる額が変わっているかを確かめればよい。理由が「分院もM&Aも考えていない」なら、目的が生まれたときに戻ってくればよい。理由を1行で残しておくと、翌年の判断が速くなる。
法人に残せる額があるとして、法人になると何が変わるのか。
デメリットは少ないとしても管轄と報告の負担は自院で見る
米山氏は「デメリットはあまりない」と考えている
法人化のデメリットとしてよく挙がるのは、お金を自由に使えなくなる、という点である。個人事業なら院の口座から生活費を引き出せるが、法人では役員報酬として決めた額しか受け取れない。
米山 憲子「法人化のデメリットは、あまりないと考えています。お金を自由に使えるかどうかは、全部役員報酬で取りきれば同じですから。強いて言えば、管轄が都道府県になって指導が入りやすく、手間が増えることでしょうか。毎年の事業報告書もありますし、MS法人との取引も報告します」
これは米山氏の考えであり、事務所として設立支援に慣れているからこそ言える面もある。自院にとっての負担は、以下の公知の制約を一つずつ見て判断したい。
管轄が都道府県になり、毎年の報告が加わる
個人の診療所は、開設の届出先が保健所で、税務は税務署とのやりとりが中心になる。医療法人になると、設立の認可、定款の変更、役員の変更などで都道府県が相手になる。都道府県は医療法にもとづき、医療法人の運営を監督する。
医療法人には、毎会計年度の終了後に、事業報告書、財産目録、貸借対照表、損益計算書などを都道府県知事に届け出る義務がある。加えて、2017年4月に施行された改正医療法により、理事長やその親族が経営する法人など「関係事業者」との取引の状況を報告する書類も届け出る。届け出た書類は、請求があれば閲覧の対象になる。
医療法人に固有の制約は、表2で確かめる
医療法人は非営利の法人であり、株式会社にはない制約がある。2026年9月時点の公知情報として、主なものを挙げる。
- 剰余金の配当ができない ── 医療法第54条。利益を出資者や社員に配当する形で外に出せない
- 新設は「持分なし」に限られる ── 2007年4月以降に設立される医療法人は、出資持分の定めがない。退社時や解散時に出資額に応じた払い戻しを受けられない
- 本来業務以外の資産運用に制限がある ── 病院・診療所の運営が本来業務。営利法人への出資や投機的な資産運用は、運営管理指導要綱で原則として認められていない
- 理事・監事を置く ── 原則として理事3名以上、監事1名以上。監事は理事や職員を兼ねられない
- 社会保険が強制適用になる ── 法人は従業員数にかかわらず、健康保険・厚生年金の適用事業所になる
- 毎年の届出と閲覧 ── 事業報告書等と関係事業者との取引の報告を毎年届け出る
| 見るところ | 個人事業のまま | 医療法人にすると |
|---|---|---|
| 税率 | 所得税は累進。所得が増えるほど率が上がる | 法人税はおおむね一定。役員報酬の分は個人の所得税 |
| お金の受け取り方 | 利益がそのまま院長の所得 | 役員報酬として受け取る。期中の変更に税務上の制約がある |
| 退職金 | 院長自身には出せない(共済等で備える) | 役員退職金を法人から出せる |
| 家族への給与 | 青色事業専従者給与に要件がある | 役員報酬・給与として設計しやすい |
| 社会保険 | 常時5人未満なら任意適用 | 人数にかかわらず強制適用。法人負担が増える |
| 分院 | 個人開設のまま複数院を束ねる形は想定されていない | 各院に管理者を置き、複数の診療所を開設できる |
| 承継・M&A | 資産ごとの譲渡と廃止・新規開設 | 法人格が続いたまま、社員・役員が交代する |
| 管轄と報告 | 保健所への届出が中心 | 都道府県の認可・監督。事業報告書等を毎年届け出る |
| 利益の使い道 | 制限なし | 配当できない。本来業務外の資産運用に制限 |
表2 個人事業と医療法人の違い。2026年9月時点の公知情報をもとに編集部が整理した。税率や社会保険の扱いは改正があるため、自院の条件で税理士・社会保険労務士に確認する。
社会保険の強制適用は、法人の負担が増える一方で、採用の面では働く側に安心を示せる。負担と見るか、投資と見るかは院の考え方による。医師国民健康保険組合との組み合わせは、地域や組合によって扱いが異なるため、事前に確認したい。
法人にする目的のうち、分院は、法人の形のほうが体制を組みやすい。
分院と継承、M&Aを考えるなら法人化で運営と承継を設計しやすくなる
複数院の運営は、開設者と管理者の体制から設計する
米山氏は、複数院を一つの経営体として展開するなら、医療法人を開設者とする形が実務上分かりやすいと説明する。
診療所の管理者は、原則として1か所しか管理できない。個人開設では院長が本院の管理者を務めるため、2院目には別の医師を管理者に置き、院ごとに開設者と管理者の関係を整えることになる。医療法人であれば法人が開設者となり、各院の管理者を理事に迎えて、複数院を一つの組織として運営できる。ただし、法人が分院を出すときも定款変更の認可が必要になるため、その期間も見込んでおきたい。
個人開設のまま別の医師名義を借りて院を束ねるような運営は認められない。具体的にどの開設形態が可能かは、施設の所在地や管理者の勤務体制によって判断が分かれるため、計画段階で所管自治体と専門家に確認することが重要だ。
M&Aでは、法人のほうが引き継ぎやすい場面が多い
米山氏は「M&Aで売るときは法人がよい」と考えている。個人の診療所を第三者に譲る場合、法人格がないため、内装や医療機器といった資産を個別に譲渡し、譲る側は廃止届、受ける側は新規の開設届を出す。スタッフの雇用契約、テナントの賃貸借契約、機器のリース契約も、それぞれ結び直しになる。
医療法人であれば、法人格が続いたまま、社員と役員が交代する形で承継できる。契約関係は法人に残るため、引き継ぎの手間は個人より小さい。2007年4月以降に設立された持分なし医療法人では、譲る側が受け取る対価は退職金として設計することが多い。この設計はVol.3(準備中)で扱う。
目的があるなら、法人化は逆算の起点になる
目的の確かめで見るのは、分院とM&Aだけではない。家族や相続が目的に入るとき、医療法人とは別の選択肢が出てくる。
別法人(MS法人)を置くのは節税ではなく役割分担のため
配偶者がマーケティングを担う例
MS法人とは、メディカル・サービス法人の略で、医療機関の周辺業務を担う株式会社などの別法人を指す。担う業務は、不動産の管理、医療機器や物品の調達、事務や経理、そして広告・SNSの運用といった、医療行為以外のものに限られる。
米山氏が例として挙げるのは、夫が医師として開業し、妻が広告やSNSに強い場合である。妻がマーケティングを担っているのであれば、その業務を別法人で受ける形を勧めるという。医療法人は診療に集中し、集患の業務は別法人が担う。法人が2つになることで、役割が分かれる。
MS法人は、「節税ありき」で置くものではない
米山 憲子「MS法人は、単純な節税策ではありません。ご家族の役割や、事業承継まで見据えて、立て付けが合う場合に選択肢になります」
医療法人と株式会社では、所得の大きさ、所在地、事業税の扱いなどによって実効税率が変わる。一定の税率差だけで有利・不利を決めることはできない。MS法人を検討するときは、税額だけでなく、誰がどの業務を担い、どの法人がどの費用と責任を負うのかを先に決める。
ここでいう役割分担は、税率の低い法人へ利益を移す話ではない。医療法人とMS法人のあいだの取引は、実態のある業務に対する適正な対価でなければならず、一定の関係事業者との取引は都道府県への報告対象になる。契約書、業務実績、価格の根拠まで説明できる形が前提だ。
資金の自由度
米山氏がもう一つ挙げるのは、資金の自由度である。医療法人は本来業務以外の資産運用に制限があり、不動産や有価証券を自由に持てない。株式会社であれば、それらを持てる。医療法人に残したお金と、株式会社に残したお金は、使える範囲が違う。
家族の構成を聞き、事業承継まで見据えて話をしたときに、この選択肢が出てくる。米山氏はこれを「立て付けがうまくいくならMS法人」と表現する。誰が何を担い、どの法人に何を残すか。立て付けが先で、法人の数は結果である。当然のことながら、税法、医療法は遵守する前提である。
法人にすると決めたら、次は時期である。
決めてから設立までは1年を見ておく
意思決定は1年前、と米山氏は勧める
米山 憲子「意思決定は1年前をお勧めしています。設立の仮申請から認可まで半年かかります。その前に、事務所側の準備に2か月ほしい。ですから、最低でも8か月前です」
この「1年前」「8か月」「半年」「2か月」は、米山氏の支援先での目安である。都道府県によって審査の期間と受付の回数が異なり、書類の準備状況によっても変わる。自院が所在する都道府県の受付日程を確かめて、逆算したい。
仮申請から認可までの期間と受付日程を確認する
医療法人の設立は、都道府県知事の認可を受けて、設立の登記をすることで成立する。認可にあたっては都道府県医療審議会の意見が聴かれる。申請の受付時期や回数、審査の流れは所管自治体によって異なるため、希望する開設日から逆算して、最新の日程を確認する必要がある。
認可のあとにも手続きは続く。設立登記、診療所の開設許可と開設届、個人診療所の廃止届、保険医療機関の指定の切り替え、金融機関口座やリース・賃貸借契約の名義変更。個人から法人への切り替えは、認可の日で終わるわけではなく、これらの手続きを考慮しなくてはならない。
決算月は自由に選べる。消費税の判定とセットで決める
設立の時期は所管自治体の受付日程に左右される一方で、決算月は選べる。米山氏はこの2つを分けて考えている。設立月は受付日程に合わせ、決算月は院の繁忙期、納税のタイミング、そして第9章で扱う消費税の判定を見て決める。
| 時期 | やること | 自院の予定(記入) |
|---|---|---|
| 12か月前 | 4つの確かめを終え、法人化を決める。税理士とシミュレーション | |
| 8か月前 | 定款案、財産目録、設立後2年分の事業計画、役員候補の確定 | |
| 6か月前 | 都道府県へ仮申請(事前審査)。受付日程を確認 | |
| 3〜4か月前 | 本申請。医療審議会の審議 | |
| 設立月 | 認可 → 設立登記。診療所の開設許可・届出 | |
| 設立直後(期限の短い届出あり) | 個人診療所の廃止届、保険医療機関の指定切替、契約の名義変更、社会保険の手続き | |
| 決算月 | 自由に選べる。消費税の判定と繁忙期を見て決める |
表3 設立までのスケジュール表。時期の目安は米山氏の支援先での例。都道府県の受付回数と審査期間によって前後する。
設立申請をいつ出すかを決めるとき、美容の院で見落とせないのが消費税である。
消費税の免税期間を最大にする時期がある
美容の自費診療は、消費税の課税売上になる
保険診療の収入は消費税が非課税だが、美容の自費診療は課税売上になる。自費の割合が高い院ほど、自院が課税事業者か免税事業者かで、手元に残る額が変わる。免税事業者のあいだは、患者から受け取った消費税相当額を納める義務がない。
消費税の納税義務は、原則として基準期間の課税売上高が1,000万円を超えるかどうかで判定する。基準期間とは、個人なら前々年、法人なら前々事業年度である。基準期間がない開業・設立直後は原則免税だが、特定期間、課税事業者の選択、インボイス登録などの例外がある。
個人の免税期間と、法人の免税期間は別に数える
米山 憲子「美容の先生は、個人事業の免税期間中に法人化すると、消費税の免税メリットを3〜4年取れることがあります。所得税・法人税だけでなく、消費税の免税を最大限に取るための時期があるので、設立申請をいつ出すかは、そこから決めます」
個人と法人は、消費税の上では別の事業者である。個人事業の課税売上高は、法人の基準期間には含まれない。個人で開業して免税期間のうちに法人を設立すると、法人側でもあらためて基準期間のない期間が始まる。米山氏の「3〜4年」は、個人の免税期間と法人の免税期間を続けて取れた場合の趣旨である。
ただし、基準期間がなくても課税事業者になる場合がある。次の表と下の一覧の条件を、自院の売上と給与の数字で確かめたい。
| 期間 | 判定に使うもの | 免税になりうる条件(2026年9月時点) |
|---|---|---|
| 個人 開業1年目 | 基準期間なし | 原則として免税。課税事業者選択届出やインボイス登録をしていないこと ※過去に事業を営んでいる場合注意 |
| 個人 開業2年目 | 特定期間(前年1月〜6月) | 特定期間の課税売上高と給与等支払額のいずれかが1,000万円以下ならば、免税になりうる |
| 個人 開業3年目以降 | 基準期間(前々年)または特定期間(前年1月〜6月) | 基準期間の課税売上高が1,000万円以下なら免税 |
| 法人 設立1期目 | 基準期間なし | 原則として基金拠出型は免税。ただし課税選択、インボイス登録などを確認 |
| 法人 設立2期目 | 特定期間(1期目の最初の6か月) | 1期目が7か月以下なら特定期間に該当しない。それ以外は課税売上高と、代替判定に使える給与等支払額を確認 |
| 法人 設立3期目以降 | 基準期間(前々事業年度)または特定期間(前事業年度の最初の6か月) | 基準期間の課税売上高を基本に、ほかの課税要件も含めて判定 |
表4 消費税の納税義務の判定(2026年9月時点の公知情報をもとに編集部が整理)。基準期間の課税売上高は、法人は事業年度が1年未満の場合は年換算する。判定は自院の数字で税理士に確認する。
免税にならない条件もある
- 特定期間の課税売上高と給与等支払額の両方が1,000万円を超えた
- 消費税課税事業者選択届出書を提出している
- 適格請求書発行事業者(インボイス)の登録を受けている
- 調整対象固定資産や高額特定資産を取得したことで、一定期間免税に戻れない
法人の1期目が7か月以下の場合、2期目の判定に使う特定期間はないとされる。このため、設立月と決算月の組み合わせで結果が変わる。設立可能な時期は所管自治体の審査日程に左右される一方、決算月には選択の余地がある。税負担だけを目的に決めず、繁忙期、資金繰り、設立手続きと合わせて検討したい。
インボイス登録の有無も、免税期間に直結する。美容の患者は個人が中心で、仕入税額控除の請求書を求められることは少ない。登録した院は、すぐには免税に戻れない場合がある。法人で登録するかは、あらためて判断する。
4つの確かめを一度に終える必要はない。明日決めるのは、一点でよい。
明日、決める一点は「法人に残せる額」を1行で出すこと
3つの数字を、確定申告書と家計から拾う
明日やることは、第3章の表1を埋めることである。直近の確定申告書から事業所得を、家計の年間支出から生活と返済に必要な役員報酬の見当を、返済予定表から個人名義の借入の年間返済額を拾う。3つの数字がそろえば、法人に残せる額が1行で出る。
役員報酬の額は、税や社会保険料を引く前の額で見る必要があるため、正確な額は税理士に確認してもらう。それでも、院長本人が家計の数字を出さない限り、税理士も計算を始められない。まず本人が埋める。
残らないなら「まだ」でよい。理由が言葉になる
残せる額がゼロか小さいなら、今年の答えは「まだ」である。所得が十分でも、合図がそろっていても、この答えは変わらない。「まだ」の理由が「残せる額が小さい」と言葉になっていれば、翌年に同じ相談を繰り返さずに済む。ただし、残せる額が小さくても、相続や親族内継承のように法人化そのものに意味がある目的なら、「まだ」と言い切らず、目的の重さと比べて判断する。
そのあいだにできるのは、個人事業のうちに所得の一部が手元に残る状態をつくることである。米山氏の「個人事業でお金が貯まっていない方は、法人になっても貯まりません」は、逆に言えば、個人で貯まり始めた先生には法人化の準備ができている、ということでもある。
残るなら、目的と時期の確かめへ進む
残せる額があるなら、③目的と④時期に進む。分院、継承、M&A、家族への給与、相続のどれが自院の目的か。目的に家族や相続が入るなら、別法人の選択肢も含めて税理士と話す。時期は、都道府県の受付日程と消費税の判定を並べて、意思決定から1年の線で引く。
本記事は「税理士と決める、クリニックの節目」の第2回である。第1回は開業前の税理士相談(掲載済み)、第3回は事業承継・M&A(準備中)、第4回は月次経営(準備中)を扱う。法人化の判断は、開業時の借入と、将来の承継のあいだにある。前後の節目とつなげて読んでほしい。
法人化の判断を確かめる8項目
- 直近の確定申告書から、事業所得の額を確認した
- 生活と返済に必要な役員報酬を、税・社会保険料を引く前の額で見積もった
- 個人名義の借入の年間返済額と、法人に引き継げるかを金融機関に確認した
- 所得から生活と返済に必要な役員報酬を引いた「法人に残せる額」を1行で出した
- 法人にする目的(分院・継承・M&A・家族・相続)を言葉にした
- 医療法人に固有の制約(配当禁止・報告・社会保険・資産運用)を自院の負担として確認した
- 自院が所在する都道府県の設立認可の受付時期を確認した
- 個人と法人の消費税の免税期間を、自院の売上と給与の数字で税理士に確認した
よくある質問
医療法人化は、所得がいくらになったら検討すべきですか?
米山氏は所得の水準を前提としつつ、額そのものでは判断していない。生活と個人の借入返済に必要な役員報酬を引いたあとに、法人に残せる額があるかを先に確かめる。残らないなら、所得が高くても「まだ」と伝えることがある。税率の境目は改正で変わるため、税理士のシミュレーションで自院の数字を見る。
節税のために医療法人化するのは間違いですか?
米山氏は「節税対策で法人化」という言葉に慎重で、法人化の本体は医療法人にお金を貯めていけるかどうかだとしている。税率の差だけを見て法人化すると、役員報酬で取りきる形に戻り、法人にした意味が薄くなる。
医療法人化のデメリットは何ですか?
米山氏はデメリットを少ないと考えているが、管轄が都道府県になり、毎年の事業報告書や関係事業者との取引の報告が加わることを挙げている。公知情報としては、剰余金の配当禁止、本来業務外の資産運用の制限、社会保険の強制適用がある(2026年9月時点)。自院の負担は表2で確かめる。
医療法人の設立には、どれくらいの期間がかかりますか?
米山氏は意思決定を1年前に、最低でも8か月前を勧めている。支援先での目安として、事務所側の準備に2か月、仮申請から認可まで半年である。受付時期や回数、審査期間は所管自治体によって異なるため、最新の日程から逆算する。
分院を出すには、医療法人が必要ですか?
複数院を一つの経営体として運営する場合、医療法人を開設者とする形が実務上分かりやすいと米山氏は説明している。ただし、可能な開設形態は所在地や管理者の勤務体制で判断が分かれる。個人名義を借りて実質的に支配する運営は認められず、計画段階で所管自治体と専門家への確認が必要である。
MS法人とは何ですか。医療法人と何が違いますか?
医療行為以外の業務(広告・SNS運用、不動産管理、事務など)を担う株式会社などの別法人である。単純な節税策ではなく、家族を含む役割分担や事業承継を踏まえて検討する。医療法人との取引には、業務実態、契約、適正な対価が必要であり、一定の関係事業者との取引は報告対象になる。
消費税の免税期間は、法人化するとどうなりますか?
個人と法人は別の事業者として判定されるため、個人の免税期間中に法人化し、法人側でも免税期間が生じると、美容の先生では免税のメリットを3〜4年取れることがある。基準期間・特定期間・インボイス登録などの条件で変わるため、自院の数字で確認する。
(監修/税理士法人シリウス 医療事業 代表社員・税理士 米山 憲子)
