AIエージェントは「設計芸」── 院長の脳の負荷を、どこまで外に置けるか
自宅のデスクトップPCに置いたAIを、外出先のスマートフォンから動かす。事業ごとに担当を4つ立て、1つが調べているあいだに別の担当へ次を聞く。Dr.ひろひろ氏の一日は、そうやって進んでいく。「働き方としては、劇的に変わりました」。ただ、同じものを入れて使わなくなる人もいる。その差はどこにあるのかを聞いた。(取材・文/ドカリー編集部)
質問に答えるだけだったAIがデータを見に行くようになった
前回の記事で、Web上での発信を続ける手立てとして「AIを使うか、スタッフに任せるか」という話が出た。そこを掘り下げると、この1年ほどでAIの位置づけそのものが変わった、という話になった。
Dr.ひろひろ氏「今までのチャット型のAIは、ただの壁打ちAIだったんですよ。だけど、エージェント型が何をしているかというと、もう実際にそこのデータを取りに行くんです」(ひろひろ氏、以下同)
社内の決算書を見に行く。顧客データを見に行く。スタッフのマネジメントにも使う。質問に答えるだけの相手から、実際の情報を見て報告してくる担当者へ。それが、ひろひろ氏の言う変化である。
Dr.ひろひろ氏「経営判断に、AIが十分使えるようになっているんです。マネジメントや経営判断には、これまで相当な労力がかかっていました。そこを少なくできるので、スタッフにお願いしてやってもらうことがしやすくなっている」
| これまでのチャット型AI | エージェント型AI | |
|---|---|---|
| 役割 | 壁打ち相手 | 実務の担当者 |
| 情報の出どころ | こちらが打ち込んだ範囲 | データを自分で見に行く |
| 使える場面 | 文章づくり、相談 | 文章づくりに加えて経営判断・マネジメント |
| 準備すること | 質問の書き方 | 渡すデータの設計 |
※ Dr.ひろひろ氏への取材(2026年9月)をもとに、ドカリー編集部が構成した。
担当を4つ立てて並行させるしかも、スマホから動かす
抽象論では分かりにくい。実際にどう使っているのかを聞いた。
まず、自宅のデスクトップPCにAIエージェントを置いておく。そして、外出先のスマートフォンから遠隔で操作する。
Dr.ひろひろ氏「デスクトップPCがAIエージェントとしてバリバリ動いていって、いろんな仕事をしてくれるみたいなことを、今現時点でやっていますね」
そのうえで、事業ごとに「プロジェクトマネージャー」を4つ立てている。1つに「この事業はどうなっている? このスタッフはどうなっている?」と聞くと、メールやチャットを見に行く。それを待っているあいだに、別のマネージャーへ次の質問を投げる。
Dr.ひろひろ氏「同時に進むわけなんですよね。しかも、それがスマホでできたりするから、働き方としては劇的に変わりました」
チャットを見に行かせて、「受注前です」「受注が決まりました」といった案件の状況まで拾わせている、という話も出た。院長に置き換えれば、診療の合間に経営の状況を聞ける相手が常駐している状態に近い。
ここで働いているのは、AIの賢さそのものではない。「待ち時間に別のことを進められる」という構造である。1つのことを深く考えさせるより、複数の担当に分けて並行させる。この形が、外来の合間しか時間が取れない働き方と相性がよい。
会計データを渡すとキャッシュフローが読める
もう一つ、具体的に挙がったのがお金まわりだ。会計サービスに各種の銀行口座やクレジットカードを連携させておき、そのデータをAIに渡す。
Dr.ひろひろ氏「AIが見に行くわけですよね。それでキャッシュフロー分析とかをしてくれるので。きれいな形に整えれば、そのまま銀行に持っていく事業計画書にもなるかな、と」
ここは、開業医にとって実利のある部分である。数字を見る作業そのものより、「数字を見る時間をつくる」ほうが難しい。多くのクリニックがそうだ。それが、聞けば返ってくる形になる。
金融機関に提出する事業計画書は、最終的に院長自身が内容を理解し、説明できる状態である必要がある。AIに整えさせた資料をそのまま提出するのではなく、数字の根拠を自分の言葉で説明できるかを確かめてから使いたい。顧問税理士がいる場合は、事前に共有しておくとよい。
診療のストレスに加えて開業医が抱えている「脳の負荷」
そもそも、ひろひろ氏がこの話をする前提には、開業医の負荷への見方がある。
Dr.ひろひろ氏「開業医は、本当に大変だと思うんです。考えることが多いうえに、診療そのものにも相当なストレスがかかります。そこにキャッシュフローがどうの、広告がどうの、コンテンツを配信する先をどうするか、事業計画、融資——ずっと考えないといけない」
Dr.ひろひろ氏「それをほぼAIに覚えさせておくという使い方をすると、かなり脳の負荷は減るかなと思いますね」
「覚えさせておく」という言い方に、この話の核心がある。毎回ゼロから説明する相手ではなく、自院の状況を覚えている相手として使う。そのために何が必要かは、第6章で出てくる。
生産性の体感についても聞いた。従来のチャット型AIでは3〜4倍くらい。エージェント型になってからは、その比ではないという。ただし、ひろひろ氏はここに条件をつけた。
Dr.ひろひろ氏「開業医は患者さんと相対するわけだから、診療そのものの生産性には頭打ちがあると思うんですけど。ことWebに関して言うと、別ですね」
この線引きは、期待値の調整として大事だ。AIを入れても、1日に診られる患者数は増えない。変わるのは、診療の外側にある業務——数字の把握、情報の整理、発信、意思決定の準備である。「診療の外側をどれだけ軽くできるか」という尺度で見るのが現実的だろう。
院内の情報を、どこまで触らせるか「できる」と「やってよい」は違う
ここで必ず出てくるのが、医療情報と個人情報の扱いである。
ひろひろ氏の答えは、設計の話だった。患者情報は、うまく設計すれば結びつかない形にできる。個人が特定できない状態にして渡し、特定につながる部分は別のところで管理する。
Dr.ひろひろ氏「そこの部分は別で管理するとか、全然できるんです。ただ、そこのリテラシーは、一般的なクリニックだとちょっと厳しいかなと思います。そこまでは」
できるが、誰にでもできるわけではない。だからこそ、いきなり中核の情報から始める必要はない。ひろひろ氏が「AI秘書」として提供しているものも、入口はもっと手前にある。
Dr.ひろひろ氏「最初は院長先生のスケジュール管理とかですね。具体的なことを言うと、メールを見てきて、今日はこうですよと通知を送るようなことは、すぐできるんで。そこからやっぱり、お金の分析とかですね」
| 段階 | 扱う情報 | できること |
|---|---|---|
| 1 | 院長のスケジュール、メール | 予定の整理、要約、当日の通知 |
| 2 | 会計・入出金のデータ | キャッシュフローの把握、資料の下ごしらえ |
| 3 | 院内の業務情報(組織・コスト・案件) | 状況の集約、意思決定の材料づくり |
| 4 | 患者に関わる情報 | 特定できない形にする設計が前提。ここは慎重に |
※ 取材内容をもとに、ドカリー編集部が段階として整理した。ひろひろ氏が「この順番でやるべき」と示したものではない。
院内の情報をAIサービスで扱えるかどうかは、利用するサービスの利用規約と、各医療機関の個人情報保護方針・安全管理措置によって決まる。個人情報保護法上の要配慮個人情報にあたる情報を含む場合、取扱いには特に慎重な検討が必要になる。
「できる」と「やってよい」は別の話である。導入前に、規約の確認と院内ルールの整備を必ず行いたい。
同じものを入れても続く人と、やめる人がいる
取材のなかで、いちばん実務に返ってきたのがこの部分だった。AIを入れたのに、思ったものが出てこないと言って使わなくなる人がいる。その話をすると、ひろひろ氏はこう分析した。
Dr.ひろひろ氏「やめてしまう人は、エージェント以前の概念で動いていそうですね。いかにデータを渡すか芸なんですよ」
従来のチャット型AIは、質問の書き方が勝負だった。エージェント型は違う。社内がどういう組織になっていて、いまお金がどうなっていて、クライアントがどれだけいるか。そういう「前提」を渡す必要がある。
Dr.ひろひろ氏「渡すデータを、うまい具合に成形する必要があるんですよ。そこを設計すると、かなり自分の頭に近いことを覚えたAIができあがります」
Dr.ひろひろ氏「だから、設計芸なんですよね、AIエージェントって」
では、その設計ができる人とできない人の差はどこにあるのか。答えは、AIの側にはなかった。
Dr.ひろひろ氏「普段からどれだけ解像度高く、経営のことを考えているかというところなんですよね。受付部門、看護部門、事務長部門があって、その下にスタッフがいて、というレイヤー構造。そこにどれだけお金がかかっていて、利益がどれだけ出ていて——それをいかに普段から自分の頭で考えているか。考えていないと、指示が出せない」
指示そのものは、粗くてもよいという。「経営改善したい」でも構わない。ただし、その一言が出てくる背景に、院の構造とお金の流れが自分の頭に入っていることが必要になる。同じものを使って結果が分かれるのは、ここだ。
AI導入の成否を分けるのは、ツールの選定でも、プロンプトの上手さでもない。院長が自院をどれだけ解像度高く把握しているかである。
逆に言えば、AIに渡すデータを整える作業そのものが、自院を整理する作業になる。組織図を書き出す、部門ごとのコストと利益を並べる。それはAIのためというより、経営のための作業だ。
Dr.ひろひろ氏「もう、全然違うゲームが始まっていますよね」
患者情報から始めずまず「渡せるもの」を書き出す
取材の内容から、編集部として一つに絞る。
まず、自院の「渡せるもの」を書き出してほしい。組織がどうなっているか。部門ごとに何人いて、月にいくらかかっているか。いまの入金と支払いの流れ。使っているツールと、そこに何のデータが入っているか。
それはAIのための作業に見えて、実際には院長自身の頭のなかを外に出す作業である。ひろひろ氏の言う「設計」は、ここから始まる。書き出してみて、自分でも整理できていない箇所が見つかったなら、そこが最初に手をつけるべき場所だ。
そのうえで、入口はスケジュールとメールで構わない。患者情報から始めない。手前から順に、外に置けるものを増やしていく。診療そのものは軽くならないが、その外側は確実に軽くできる。
