「20の物差しで、目の前の患者さんを診る」
累計20院以上を渡り、いまは都内の4院に絞っている。休むときは「1か月休みます」と伝え、年に4か月ほどを海外で過ごす。それでも勤務先が回るように、いない間の貢献のしかたを自分で決めている。美容皮膚科医の明石久輝さんの働き方は、常勤とも開業とも、いわゆる掛け持ちとも違います。その形をどう作り、何によって成り立たせているのか。ドカリープロデューサーの髙山岳大が伺いました。
取材は日本時間の夕方に始まった。画面の向こうは、タイ。前の予定を終えて、ホテルの部屋からつないでくれた。
「いまは、4院まで絞っています」
いまは、何院を掛け持ちされているんですか。
銀座に1院、日本橋に1院、恵比寿に1院、神保町に1院。計4院まで絞っています。
いまも1か月近く海外にいらっしゃいますよね。それを、4院とも許容してくださっている。
ライフスタイルなので、休むときは「1か月休みます」と言います。ただ、その分、日本にいるときは全力で診療する。海外にいるときも、相談事があれば対応します。こういう患者さんがいるんですけど、と写真が来たら、ほかに勤務されている先生に、このお悩みならこう治療するといいんじゃないですか、と提案する。現場にいないときも、そのクリニックがうまく回るように貢献するようにはしています。
1か月不在にする医師を、4つの院が受け入れている。その理由を聞く前に、そこに至るまでの道を伺った。
「知り合いの看護師が、つないでくれたんです」
ヒアルロン酸を中心にしたクリニックで、集中的に経験を積まれた時期があったと伺いました。
そうですね。最初に入ったのは、ボトックスと問診が中心のクリニックでした。ヒアルロン酸は、学会に行ったり、メーカーの講習に参加したりして、基礎的なところは自分で身につけてから。その院は、知り合いの看護師がつないでくれたご縁で行くことができて、そこが自分の成長になりました。
どのくらいの期間、いらっしゃったんですか。
1年弱です。圧倒的な量を積んで、それが自信につながりました。自信が持てたのは、500〜600症例を超えたあたりですね。いろいろな状況が入ってきたので。
これから同じ道を目指す先生に、そこから言えることはありますか。
ひとつアドバイスをするとすれば、働くときに、コメディカルの方や受付の方、医療職以外のオーナーの方とも、しっかりコミュニケーションを取ったほうがいいということです。どこで自分のチャンスにつないでくださるか、分からないので。そこは伝えたいことかもしれないです。
「どんなに上手い先生でも、確率論的には起こる」
数を積むということは、うまくいかなかった経験も積むということだった。
施術後に感染を起こしたこともありますし、患者さんの希望どおりに仕上がらなくて溶かしたこともあります。そういうトラブルは、どんなに上手い先生がやっても、確率論的には起こるんです。数を積んだことで、起こりうる有害事象もある程度は経験できた。今になっても、そこは強みですね。
そういうとき、どう対応されてきたんですか。
旅行中に、クリニックから「感染の可能性が高い」と連絡が来たことがあって。予定を全部切って、緊急帰国しました。抗生剤を出して、膿ができていたので出して、感染源になっていたので全部溶かして。
迷いは、なかったんですか。
不思議と、旅行に行ったときにトラブルは起こるんですよね。でも、自分がやった患者さんは、自分が責任を持って対応しないと。そこは迷いなく帰りました。
「20の物差しで、目の前のことを判断できる」
いちばん多いときで8院を並行されていた時期がありますよね。院数を増やしていったことに、何か考えがあったんですか。
20院以上に行くと、20の物差しで目の前の物事を判断できるようになるんです。それが自分の強みかなと思っています。一つのルールや固定観念に縛られず、目の前の患者さんに、いろいろな物差しを組み合わせて、どう最大限満足してもらうか。いろいろ行ったのが、結果的に強みになった、という感じです。
もともと、そういう考え方をされる方だったんですか。
全然ですね。学生時代は、凝り固まっていたというか。一つの場所に縛られて、一つのルールで生きていたからだと、今は思っています。
視野が広がった、という言い方より、物差しが増えた、という言い方のほうが、明石さんの実感に近いようだった。
「主役は、その場所で働くスタッフさんと患者さん」
いろいろな院で、いろいろな価値観を吸収されてきた。その中で、ここだけは一貫している、ぶれない、というものはありますか。
それぞれ違う価値観を持つスタッフさんとの、コミュニケーションですかね。いちばんは、コミュニケーションを円滑に進めること。自分が自分がと言って、傲慢にならない。あくまで主役は、その場所で働くスタッフさんだし、患者さんだ。その考えは、根底にありました。
環境が変わっても、その環境に自分が馴染んでいく。
そうです。いわゆる、郷に入っては郷に従え、というところがあります。
その環境、そのメンバー、その設備で、最高のパフォーマンスをどう届けるか、ということですね。
柔軟に変わる、というところです。
「自分を売り込んでいった院も、あるんです」
いまの4院は、紹介で入られたんですか。
紹介もありますし、自分で飛び込みで売り込んでいったところもあります。いま残っている4院には、両方があるんですよ。
ご自分から行くんですね。
ただ、そういう交渉をするときに、患者さんからの評価と、実際の売上の数字が良くないと、交渉はできないと思うんです。自分は、患者さんからの評価は絶対にいいものが得られるという自信があるし、実際に良い評価をもらえて、売上も立てている。なので、「ここからちょっとでもいいので出てください」と言っていただける状況になっているのだと思います。
1か月の不在が受け入れられている理由は、ここにあった。休みの交渉が先にあるのではない。評価と数字が先にある。
「若いときに旅をすると、レバレッジがかかる」
これまでに50か国ほど旅をされていて、つい先日までアフリカにいらして、今日はタイから。今年は、どのくらい海外にいらっしゃるんですか。
9月までで、トータル4か月くらいは海外にいました。中南米が6か国、モンゴル、ニュージーランド、アフリカが6か国。今年は16か国ですね。年末は、夢のひとつだった南極に行こうと思っています。
仕事を休んでまで行く。その優先順位は、どういう気持ちから来ているんですか。
これが、自分の働き方の価値観の根底にもあるんですけど。いろいろな文化、人種、価値観を経験することで、目の前の患者さんに「この国では、こういう美的感覚もありますよ」と言える。「この国では見た目をそこまで重要視しないから、そこは気にしなくていいんじゃないですか」とか。医学的な面でも、南半球は紫外線が強くて、オーストラリアや南アフリカでは皮膚がんの率が高い。つまり、日焼け止めが病気の予防や皮膚の安定にどれだけ重要か、肌で分かる。そういうことを体で勉強できるので、人生の主軸に置いています。
しなければならない、というより、内側から興味が湧いている。
昔から、世界地図を覚えるのが好きだったり、旅番組を見ていたり。小さい頃からの憧れがあって、それを実現するために、いまこういう働き方にしているし、実際にできている。そこは、本当にありがたいなと思っています。
取材の終わりに、明石さんは付け加えた。
若いときに旅をするのは、重要だと思っていて。70歳になったら体力もないし、そこで経験しても、それを活かせる時間が短いじゃないですか。いま経験したら、レバレッジがかかる。
「リトリートを、最終的には月に作りたい」
診療のほかに、事業も手がけておられます。言える範囲で、これからのことを教えてください。
海外での構想はいくつかあるのですが、まだそんなに進んでいません。最終的な夢は、世界中にあるホテルのような宿泊施設をつくって、そこに美容クリニックと、エステ、ヨガ、瞑想、サウナ。安らぎを与える医療とエステティックを入れた、リトリートをつくりたい。それに向けて、いま動いています。
そのリトリートは、最終的にはどこに。
月に作りたいと思っています。
もうひとつ、美容医療の技術を次の医師に渡す事業も。
そうでした。適切な美容医療に、誰でも広く参入できる場所を目指して、THE PRACTICE という美容医療の講習会事業を、事業責任者として行っています。
月の話をするときも、講習会の話をするときも、声の調子は変わらなかった。どちらも、同じ延長線上にある、ということらしい。
複数の院を掛け持ちする医師は、珍しくありません。ただ、明石先生の掛け持ちは、収入を分散するためのものではなく、物差しを増やすためのものでした。そこが、この働き方の芯だと思います。
一つめは、物差しの数です。「20院に行けば、20の物差しで目の前の患者さんを診られる」。一つの院、一つのルールの中では、その院の正解しか見えません。複数の環境に身を置くことを、視野を広げる手段として意図的に使っている。だから8院の時期があり、いまは4院に絞れている。
二つめは、不在の設計です。1か月休むと先に言う。その代わり、日本にいるときは全力で診て、いないときも写真を見て提案する。そして、休みの交渉ができるのは、患者さんの評価と数字が先にあるからだと、ご本人がはっきり言っている。順番が逆ではない。
三つめは、誰とつながるかです。成長の場になった院は、知り合いの看護師がつないでくれた。医師どうしの縁だけでなく、コメディカルや受付、医療職以外のオーナーとの関係が、チャンスをつなぐ。これは、若い先生にいちばん伝えたいことかもしれません。
そして、旅について「若いときに経験したほうがレバレッジがかかる」と言い切ったことです。働き方を先に決めて、そこに生活を合わせるのではなく、やりたいことを先に置いて、働き方をそれに合わせている。その順番を、評価と数字で成り立たせている。この働き方が続いている理由は、そこにあると思います。
髙山 岳大 ドカリープロデューサー株式会社シフトメディカル 代表取締役。連載「開業のリアル」ほか、Docallyの取材を担当。
運営元グループのサービス本連載は、医師のキャリア支援サービス CADRE(カドル) の提供でお届けしています。CADRE は Docally の運営元グループのサービスです。企画・取材・編集は Docally 編集部が行い、掲載内容は取材先ご本人の確認を経て公開しています。明石医師は、Docally の運営元グループが運営する THE PRACTICE の事業責任者を務めています。
